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会わないほうが、よかった?
「がんばってたよ、ひとり暮らしも、仕事も」
それ以上でもそれ以下でもない。ほんとに、文字通りがむしゃらにやってる。
知らない土地で女の子がひとりでがんばるのって、思ってたよりも厳しかった。
「ごめんな、あの頃、余裕なくて」
しゅんとした顔されたら、気持ち残ってるのかな、って揺らいじゃう。
ないない、そんなのあるわけない。
5年だよ、長いよ、ただ言ってるだけ。
思い出のたっぷり詰まってる渋谷でばったり会えたから、感傷的になってるだけ。
そう自分に言い聞かせてる。
「お互いさま、あたしも、ごめん。よく怒られたよね」
「悪かった、寝不足すぎてマジきつくて、って今さらだけど。話せるタイミングなかったし、あのまんまになっちゃったしな」
「そうね、遠すぎた」
物理的な距離なんて、どうにかなると思っていたけど、どうにもなんなかった。
「距離に負けたっていうか、社会出て1年目で、ひとり暮らしと寮だもん、今思えば時間合うわけないよね」
「だよなぁ、条件悪すぎ」
彼の分のコーヒーとアップルパイが運ばれてきた。
「うまいよな、ここの」
「そうよね」
「…5年ぶりか、この味も」
「うん」
そろそろ時間が気になる。ケーキ食べたら出ないと、新幹線に間に合わなくなる。
「あや、どこ泊まんの」
「日帰りだよ、実はさっきから時間気になってて」
「え?…なんだ、泊まりじゃねーのか」
「そう、明日も仕事だし、新幹線で今日のまとめないと」
「忙しんだな、もっと話したかったのに」
どういう意味?って思っちゃう。
…聞いてみようか、気になるから。
「あやさ、誰かいる?」
「え?」
あ、先に聞かれちゃった。
「だから…彼氏とかそういうの」
「なにその、そういうのって」
「いろいろあんだろ、微妙なのとか」
「あーそうねぇ」
仲いい同期や、よくしてくれる先輩、慕ってくれる後輩の顔がチラつく。
「やっぱいんのかよ」
「別に、みんな仲間って感じ」
なにもないわけでもないけど、ここで話す必要ないかなって。
「怪しいな」
ケーキ食べるしぐさ、きれい。男性なのに食べ方きれいなとこが好きだった。
「で?」
「は?」
「聞くまでもないか、モテるもんね」
「ん…まぁ、な」
なによそれ。含みのある言い方。
誰かいるなら、気を持たせるような言い方するんじゃないわよ、って…
言わなくてもいいか、つきあってるわけでもないし。
そう思うのに、心の中にぽっかり穴が開いたようで、コーヒーとアップルパイはひとりでゆっくり味わいたかったな、って思ってる。
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