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駆け引き、みたいな
「東京まで送ってってい?」
ちょっと間が空いて言われて、きょとんとしちゃった。
「だめ、かな」
その顔ズルい。そうやってモテてるんでしょ。
「はっきり聞いとく、どういうつもり?」
これ以上勘違いしたくないから聞いてみた。
「どういうって、もっとあやと話したいって思っただけ」
「だから、それがどういうつもりって聞いてるの」
絶対、ズルい。
「他意はないよ、それだけ」
「わかった。それならいいよ、けど疲れてるでしょ、早く寝た方がいいよ」
「やっぱあやだな、わかるんだ」
それまでの、ちょっとカッコつけてた鎧を脱いだ感じがする。
「わかるわよ、2年だけだったけど」
拓の存在はとっても大事で、好きだったから。
「2年って結構デカいよな」
「楽しかったよね、いろんなトコ行って」
5年ぶりの渋谷で、どこへ行っても拓のことを思い出した、っていうのは黙っとく。
「あの頃が一番よかったなぁ」
「なによぉ、そんなオジサンみたいなこと言っちゃって。今でもモテモテなんでしょ」
「ま…でも、あやといんのが一番ほっとすんな」
サラッとそういうこと言う?
「変わったわよ、あたし。強くなった」
「知らないとこで踏ん張ってたら強くもなるだろ。時間、そろそろ?」
お会計の紙を持って立ち上がろうとしてる。
「ちょっと待って、お手洗い行ってくる」
お財布出そうとしたら
「いいよ、出させて」
「でも」
自分でいただいた分は、自分で出す主義、なのに
「今度会えたら、そんとき頼むわ」
お会計行っちゃった。
今度、って…そんなの、約束でもしない限りないことなのに。
拓はスーツケースを持ってくれて、ほんとに東京駅まで一緒に来た。
「連絡先、消した?」
「どうだったかな」
今は感傷的になってるだけ。明日になれば、あたしのことなんてきっと忘れちゃうよ。
「後で連絡する。届いたら返事くれよな」
「届いたらね」
あえて、あたしからはどうするつもりもない。
だって、あたしたちは、距離に負けたんだから。
「つれないなぁ」
「モテモテのくせに。あたしなんて要らないでしょ」
「ンなことねぇって。癒されるよ、あや」
「ねぇ、まさか口説いてるの?」
冗談ぽく言ってみたら
「まぁな、伝わんないみたいだけど」
って、ニヤッと笑う。この笑顔、好きだったな。
いい、って言ってるのに、拓は駅弁とお茶を買ってくれて
「気をつけて帰れよ、連絡、くれ」
「気が向いたらね」
ほんとは連絡先残ってるけど、あえて素っ気なく答える。
彼女がいるのは、纏う空気でわかるから。
「拓」
「お。やっと名前呼んでくれたか、忘れてんのかと思ったよ」
「今の子、大事にするのよ、じゃあね、いろいろありがと」
持ってくれてたスーツケースを受け取って、改札口を通る。
「あや!」
大っきな声で呼ばれて、どうしようと思いながら振り向くと
「会えてすげーうれしかった、またな!」
ぶんぶん手を振ってる。
「あたしも!」
口元に手を添えて少し大きめの声。軽く手を振って、新幹線のホームへ急ぐ。
まさか、会えると思ってなかった。
もし会えたら、渋谷の魔法、って思ってたら、ほんとに会えた。
夢に向かってがんばってるみたいで、うれしいな、って素直に思える。
駅弁とお茶を並べて、スマホを見ると、拓からメッセージが届いてた。
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