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三月にしては肌寒い日だった。だがそんなことは問題ない。
明日からあのクソみたいな訓練ともおさらばだ。それからあのクソまずい飯とも、あのクソ教官ともおさらばできる!ああ、なんて幸せなんだ!
「第一分隊諸君!起立!」
一斉に、綺麗にそろってわれわれは席から立ち上がった。みな揃いの陸軍第二種士官服を着こんでいる。真新しい階級章は准尉だが、配属先によってすぐに昇進できる場合もある。
「諸君は優秀な成績を上げ…」
校長のまた長い演説が始まった。まったく、ことあるごとにそのつまらなく長々とした演説をこの三年間聞かされて来た。だがそれも今日でおしまい!明日からは晴れて陸軍士官だ!いやっほう。
「…というわけで、今後の諸君の活躍を期待している!」
さあ終わった!あとはこの軍帽を放り投げて、この忌々しい陸軍士官学校を、出る!
「おい、佐々木」
「なんだ河合」
「おまえ、これからどうすんだ?」
「おれはもう配属が決まっている。第一師団だ。わが国陸軍でもエリート中のエリートが集まるところだぜ」
「いやそうじゃなくてよ、この後だよ。卒業パーティーだ。出るんだろ?」
河合は陸軍機甲師団戦車特科大隊に配属が決まっている。おやじがなんでも小さなトラクターの修理会社を経営してるってことで、こいつもディーゼルエンジン好きらしい。
「卒業パーティーかあ…へえ…」
「誰かお目当ての子でもいるのか?」
「ま、まあな…」
学校にも女性士官候補生はたくさんいた。そのなかでも香織は顔もプロポーションも抜群だった。何度か訓練も一緒にしたし、話もした。彼女もパーティーに来るのかな?
「おい佐々木、いやらしい顔してるぞ?」
「ば、ばか言うなよ!」
「そういや通信科の一条って知ってっか?女性士官候補の」
香織の苗字じゃないか?それ。
「ああ、何度か訓練で…」
「そうか…いい女だったんだがな…驚くな、あいつ昨日亡命したそうだ。親父が強引に連れてったとよ」
「なんだって!」
そういや今日の卒業式に見当たらなかった。いったいなんで?
「父親が大企業の重役だと。娘に危険な思いはさせたくないんだろ」
「隣国との情勢が不安定ないま、その国防という大事な任務をほっぽり出すほど親が恐いのかな」
なんだ。急にパーティーに行きたくなくなったな…。
「おい、見ろよ校長。なんか慌ててるぜ?」
「え?」
校長が青い顔をして何かの通信文を読んでいる。やがてわなわなと震えだし、再び壇上に上がった。さっきと違うのはその顔つきと、いまは何人かの教官に支えられていることだ。
「諸君…諸君に知らせなければならないことがある…」
また長い演説かよ。もういい加減にしてくれ。こっちはそれでなくても気が滅入っているんだ。晴れの卒業式に、こんな気分でいなくちゃなんないのはこりゃもうあのクソ教官の、いやがらせとしか思えない野戦訓練並みだぞ。もうパーティーなんかはどうでもいい。どこか町の定食屋でチキン食って安酒かっくらって、ビジネスホテルの柔らかなベッドで寝る!
「…そして突如五時間前に侵攻してきた隣国軍に首都は制圧され、わが国は降伏した…」
はい?
「…えーと、防衛局の指示によって、遺憾ながら諸君らはいまから隣国の捕虜となり、遠く永久凍土の横たわる大地で捕虜生活を余儀なくされる。慰労の言葉は多くは言えんが、これだけは言っておく。わが国陸軍軍人として誇り高く、そして死を恐れるな、と」
なんだかよくわからなかったが、とにかくチキンと、安酒と、柔らかベッドはなくなった、ということは理解できた。
三月にしては肌寒い日だった。だがもっと寒いところに行けそうだ。その先はもっともっと寒い…いや高いところ、かよバカヤロウ。
―おわり
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