人生は無銭旅行

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

人生は無銭旅行

たまたま旅の途中で何かつまらぬものを拾ったか、すぐに忘れるような思い出がひとつ増えたにすぎない。淫売の人生など無銭旅行を延々と続けているだけのようなものだ。男に買われる度にたいした感慨深さもなく淫売はそう思った。いちいち顔など覚えちゃいない。日に何度も見知らぬ男に買われ抱かれておるのだ。その辺ですれ違ってもたぶん気づかぬであろう。寧ろそうでもなければ淫売などやっておれないだろう。 「デコスケ野郎だよ、散りな」 淫売の誰かが叫んだ。その辺にいた淫売はみなあちこちへ姿を消した。淫売同士みな仲間というわけでもない。どちらかといえばみな敵対視している。だってそうでしょう、私の客がとられるかもしれないじゃあないの。それでも巡査が見回りに来たときは誰かがこうして同業者に知らせるのだ。もっとも最近では刑事などという私服のお巡りまでいるから始末が悪い。客を装って寄ってきてそのまましょっぴかれることも度々だ。だからうかつに声をかけられやしない。淫売にならなければ生きていけないような政治をしている國が惡いのではないか。政治家どもはどれもこれも醜い豚のように肥え、ひもじい暮らしの者のことなどなにひとつ思っちゃいない。自分さえよければそれでよい、それが日本という國だ。自由主義だから仕方のないこと。だからといって共産主義なら喜ばしいわけでもない。とにかく私という淫売も自分さえよけれゃそれでよいのだ。淫売を取り締まるくらいなら國で生活費を補助でもしたらどうなのだといつも思う。なんの取り柄もない私らはこうして男に声をかけ体を売るしか術がないのだ。好きでやっているはずがない。それゃ中には好きものが高じて金まで貰えて一石二鳥とばかりに男と目交い喜んでいる性根まで腐った淫売もいるかもしれないが、私は知らない。善がるのだろう、それゃサーヴィスで善がり声のひとつもあげるさ、うんとはずんでもらえそうならの話しではあるが。誰が身も知らぬ初めて会った素性もわからぬ男に陰茎を舐めさせられ犯されて気持ちがよいものか。それでも大概の男は帰り際に、よかっただろう、また買ってやる、そう言って立ち去る。誰がおまえなんぞ金さえあれば寝やしないよ。心の中で虚しく叫ぶ。お金のないのが一番惡い。たまたま貧乏な家に生まれ教育も学問も足らずろくに勤められもしないのだ。出自の惡さは私の責任ではない。だから淫売は生まれた時から背負った運命といっても言い過ぎではないだろう。金さえ払えばなんでもできると思っている連中。本当は反吐がでるほど好かないのだけれど、やはり仕方がないのだ。誰を恨むでもなし。諦めて巡査が帰ったようだ。通りにはまた淫売がひとり、ふたりと立ちはじめた。阿婆擦れ、売女、不良、淫売、好きなように呼んだらいいさ。どうせあんたもしたいだけなんだろうこんな穢れた薄汚い女の私と。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!