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空が悲しんでいる。なぜかそう思った。
腹の底を濃くした嫌な雲が、おびただしく群れを成して日中ずっと空を隠していたからだ。
空は今にも大雨を吐きだしそうで、それがより一層、俺の気持ちを曇らせているのかも。これから受験会場に向かう俺に、まるで空が俺に嫌がらせをしているように感じさせてしまっているからに違いない。
いやそれだけではないかもしれない。
大きなカーブに差し掛かった時、車の窓の外を流れる景色に傘をさす人が視界に入った。
フロントガラスを見ると、ポツポツと雨の礫が降り下りてきていた。
「ケンスケ! 今日と明日を乗り切ったら、長い受験もやっともうすぐ終わりね!」
母のサエコは運転しながら、こちらに微笑みかけた。
「はあ…まだ終わってないし…」
俺はあからさまに侮蔑を込めて、大きな溜息を吐いた。
「あのさ? 合否が送られてくるまで、俺の受験が終わるかなんてまだわからないだろう」
「そうね…。そうだったわね…」
もう一度大きな溜息を吐いて、窓の外に視線をやった。
「あ!そうだ! お母さん、今日ケンスケのためにトンカツを作るわね! 受験に勝つ験担ぎにトンカツ! これで明日の試験も絶対に勝つってね!」と母さんは表情を輝かせるが、「いや。いいよ。作らなくて」と舌打ちしながら言うと「え?」と母さんはすぐに少し困惑した表情を浮かべた。
「一緒に飯なんか食ってられるかよ」
「でも、今日はお義父さんもすぐに家に帰るって…」
「そんなこと知らねえよ。アイツが勝手にそんなこと言ってるだけだろ?」
「お義父さん…、今日…」
「うるせえな! 俺はおふくろ達と飯なんていやなんだよ!」
「そ…そうね。ごめんなさい…」
そうこうしているうちに、前方に試験会場の大岸大学が見え、表情を暗くした母さんはゆっくり近くの路肩に車を止めて、ハザードランプをたく。
「それと、今日試験が終わっても、迎えに来なくてもいいから。今日はそのまま外で飯食って電車で帰る」
「そう…。わかったわ…」
俺はそういうと、母さんに右手を差し出した。
「あ…。うん。ちょっと待ってね…」
母さんはショルダーバックから財布を取り出し、五千円札を取り出して、こちらに差し出す。
俺はそれを受け取ると、扉を開け外に出た。
「頑張ってねケンスケ! いってら…」
母さんが言い切る前に、俺は車の扉を閉め、何も言わずに母に背を向け、大学に向けて歩き出した。
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