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雨はまだ止まない。
刻々と夜に向かって時間が経つたびにその雨量はさらに激しさを増しているようだった。
窓を叩きつける不快な音がより一層、俺の憎悪に拍車をかけているように感じる。
眼前には静かに眠る人影。
呼吸をしているのかわからないぐらい、暴力的なまでに深い夢の世界に引きずりこまれている。
ベッドに横たわる自分の母を見つめながら、俺は自分の拳を強く握った。
いったいこの人は今どんな夢を見ているだろうか。顔を見る限りうなされているようにはとても見えない。夢の中では幸せな日常を送っているのだろうか。
父さんを殺した張本人のくせに。
悪夢。
そう。この人が今見なければならないのは悪夢だ。
罰を与えるような。
だが、心なしか表情はいたって穏やかで、どこか微笑んでいるようにも見える。
きっと俺のいない、義父との二人だけの世界を見ているのかもしれない。
父さんが死んでからというもの、勝手に父さんとの思い出が詰まった家を売り払い、父さんとの思い出の詰まった数々の思い出の品も処分し、そして義父との再婚を勝手に決めた。
俺は確信している。母さんは俺なんかいなければよかったと思っているはずだ。
俺なんか…。
「う…」
静かに眠っていた、母さんは呻くような声を漏らした。
とても無機質な白が覆う視界の中、母さんは病室でゆっくり目を覚ます。
首を少し横にずらして俺の顔を見る。
「ケン…スケ?」
その声にはどこか憂いを含んでいた。
「あ…私…」
「あんなところでいったい何をしてたんだよ?」
冷たい言葉だったかもしれない。だが俺は母さんにそう言わずにいられなかった。そう言わずには…。
母さんは俺から顔を逸らした。
「心配かけてごめんなさい…」
「心配なんかしてない」
その時、母の体が一瞬ビクッと動いたことのを見逃さなかった。
「俺がなんであんたの心配なんかしなければならないんだよ」
「そう…」
「俺が聞きたいのはあんたがあそこで何をしていたかだ」
気まずい沈黙。母さんが無言を決め込んでしまったからなのか、窓を鋭く叩く、雨の音が部屋の中を満たす。
「何とか言えよ」
俺がそういうと、母さんが深く深呼吸をした。
そして…。
「ヒサシとの約束だから…」
「はあ?」
「ヒサシ…。お父さんとあの日にした大切な約束なの」
「意味が分からない。そこでなんで父さんが出てくるんだよ。ちゃんとわかるように説明しろよ」
そして母さんは蚊の鳴くような声で訥々と話す。
八年前。父さんが死んだあの日のことを。
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