自分と母

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 あの日…8年前のヒサシが死んだあの日。  あの時の事は今でもよく覚えている。  ヒサシがケンスケのために、キセキ川に行こうと言い出したことを。  当時のケンスケは大きな病気を患っていた。  生まれた時からケンスケは運動ができないほど心臓が弱かったのだ。  医者には長くは生きられないと告げられもした。  そのために、友達と外で元気よく遊ぶことはできず、いつも一人で家で遊んでいる子だった。  前に住んでいた家の隣にちょうど小さな公園があり、そこでは近所の子供がいつも楽しそうに遊んでいたのだ。  鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり。  見ていて本当に楽しそうだった。  けどそんな元気な子たちを他所に、ケンスケはいつも羨ましそうに窓の外を見ていた毎日。  生まれながらに持った持病のために行動を制限されたケンスケ。  それが私の息子の姿だった。  私はそんないたたまれない息子にどうしても何かをしてあげたかった。  こんな自分に何か少しでもケンスケを喜ばせることができないか。  こんな私でもケンスケを勇気づけてやれることはできないか。  あんなひ弱な体に生んでしまった私に一つでもできる事はないだろうか。  毎日、私はそう想いながらケンスケを見ていたのだ。  ケンスケに一度だけこんな事を言われたことがある。  それは寂しそうに窓の外を見るケンスケに新しいおもちゃでも買ってあげようかと聞いた時の事だった。 「お母さん。そんなに新しおもちゃ買ってくれなくてもいいよ。僕はお母さんとお父さんがいてくれたらそれで幸せだから」  私はその時涙を堪えるのが精一杯だった。  十歳の息子にそんなことを言わせてしまったことに。    ある日、私はヒサシに今の自分の心境を相談して、何かできることはないか話し合った。  するとヒサシは星に願いごとをすると願いが叶うという、キセキ川の古い伝承をどこからか聞いてきたのだ。  藁にも縋る想いで、私たちはケンスケにキセキ川に花火をしようともちかけた。  ケンスケが少しでも幸せになれるように。ケンスケの気持ちを和らげるために。  これはケンスケ達とあの川に行く前の話だ。 ***** 「ヒサシ。ちゃんとケンスケに言ってよ?」 「分かってるって。それより、これでケンスケの病気が少しでも楽になればいいんだけどな」 「そうね…。信じましょう。きっと神様はケンスケのことを見ていてくださっているわ」 「そうだな。神様は絶対にいる」 「ねえ。ヒサシ?」 「なんだい?」 「ケンスケの事は絶対何とかしてあげましょうね」 「ああ。もちろんだ」  *****  ケンスケはそのあと星形の石を見つけて、星に願いをした。  そう。それからだった。奇跡が続いたのは。  ケンスケの心臓の病気が徐々によくなっていったのだ。  あれだけ医者には長く生きられないかもしれないと言われていたのに。  運動ができるほどケンスケの体はよくなっていった。  だが不運にもあの日、私が川に溺れたヨウタ君を助けに行って私も溺れそうになった。  ***** 「あれ? ヨウタ君は?」  いっしょに花火をしていた場所に彼の姿だけがなく、辺りを探すとヨウタ君が川で溺れて流されているところを私は見つけた。  私はすぐに飛び込んで彼のもとまで泳いだ。  しかし、思ったよりも流れ早くて助けに入った私も流されてしまう。  もうだめだと思った時、クーラーボックスを浮き輪代わりに抱いて近寄って来るヒサシの顔が視界に入った。ヒサシは私を助けるために川に飛び込んだのだ。  ヒサシはクーラーボックスに私とヨウタ君をしがみつかせると私達は岸まで泳いた事は記憶に残っている。  だが岸にたどり着いた時にはもうすでにヒサシの姿はどこにもなかった。  川に流されてしまい、帰らぬ人となったのだ。  翌日、遺体となってヒサシが見つかると、泣きながらケンスケは私を問い詰めた。なぜ、ヒサシが死んだのかを。  私は正直に話した。私たちのためにヒサシは死んだと。  そこから私とケンスケの関係がギグシャクするようになった。  ケンスケに嫌われても仕方がない。  実際、ヒサシを殺したのは私のようなものだ。他意はない。  だけど、私はどう思われてもいい。  ケンスケが幸せになれるのであれば、あの日にヒサシと約束したことを守りたかった。  今は受験で悩んでいるケンスケが少しでも楽できるように。  今度はケンスケの受験がうまくいくように私はキセキ川で星型の石を探していた。
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