思い出の場所を巡るたびに

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思い出の場所を巡るたびに

 クリスマス当日。  外出の準備が整うと俺は少し早めに家を出た。  待ちきれなかったからなのか、それとも彼女に誠意を見せたかったからなのか。  今夜のことが頭の中の大半を埋め尽くしている今の俺にはそれすらもわからない。  ただその時を待っている間は怖いくらいに時間の長さを感じた。  電車に乗り込むと、クリスマスの影響で予想以上に人が溢れかえっていた。  まあこの空間に溶け込んでいる俺もその中の一人なので、それほどストレスはない。  目的の駅に着いても多くの人の流れが出来ていたが、俺は焦らずにゆっくりとその流れに従って歩いた。  駅から出た俺は外の空気を全身に浴びる。  とは言っても既に日は落ちていて、俺を迎えてくれたのは暗くて寒い夜の街だった。  その中をポケットに手を入れながら進んでいると、すぐにあの日見たイルミネーションが見えてくる。  綺麗だった。  人々が思い浮かべた夢のような輝きに覆われたその眩しい世界には白や緑や青などの優しい色の光がどこまでも続いている。  だがそれだけだった。  綺麗なだけで本当の喜びは得られなかった。  なぜなら俺が欲しかったのはこの喜びを共有できる人、つまり夏だったからだ。  あの夜からメッセージも電話も一度も返ってきていない。  それが彼女の答えなのかもしれないが、俺は一縷の望みに縋ってここに来た。  だからまだ諦めたわけじゃない。  俺は今も彼女が来てくれると信じている。  ただ不満があるとすれば、この道も彼女と一緒に歩いてみたかった。  そうやって幻想的な空間に物足りなさを感じながらも、俺は遂に一方的に告げた待ち合わせの場所に辿り着く。  忘れるはずもない、夏に告白をした思い出の場所だ。  1人ぽつんと立っていた俺は周りの視線が気になってしまうが、彼女が来た時のために顔を上げて真っ直ぐ前を見据えておくことにした。  時計を見ると現在の時刻は夜の5時半。  集合予定の6時より30分も早く着いてしまったが、俺は予定よりも早く着けたことが少しだけ嬉しかった。  体を震わせながら彼女を待つこと10分。  まだ彼女は現れない。  それは時間を見れば何もおかしくはないことなのだが、俺はそこで一度大きくため息をついた。  そこからさらに10分が経過した。  行き交う人々の喧騒が鮮明に聞こえてくる。  いつもなら夏はこの時間には着いている、らしい。  俺はいつも時間ギリギリに到着するので本当のことはわからない。  ただ一つ言えることは彼女の姿はまたどこにも見当たらないということ。  そしてまた10分が経過した。  到着した時間から30分が経過してようやく6時になった。  遊園地で俺が彼女に一方的に告げた集合予定の時間だ。  彼女が俺を選んでくれたならもうそろそろ来てもいいはず。  俺は目を凝らして辺りを見渡す。  こちらに向かってくる人影はないか、不自然に立ち止まってる人影はないかを見逃さないようにずっと眺めた。  もはやこの頃になるとイルミネーションもただただ眩しい光に変わっていた。  俺は目の疲れ、足の疲れを感じ始めていた。  肝心の彼女は、まだ現れない。  それから更にまた10分が経過した。  もしかしたら彼女はこの場所を忘れていて迷子になっているのかもしれない。  告白したのは随分前の話だしこの人混みならあり得る話だ。  だから俺は数えきれないほどの人混みを隈なく見続けた。  一体何度顔を右往左往させたのかわからないほどイルミネーションに照らされた人混みを何度も見張った。  彼女の顔、後ろ姿、歩き方、声。  そのどれかを見つけられれば少し遠くても長い時間を共に過ごした俺ならすぐにわかる。  もし彼女が近くまで来ているなら見つけるのも時間の問題だ。  そんな希望を胸に抱いて探し続けた彼女の姿はまだどこにもない。  そこから20分が経過する。これで現在の時刻がちょうど6時半になった。  本来なら遅刻と言っていいほどの時間が過ぎ去っている。  今まで彼女は遅刻をしたことがなかったので俺は少し悲しくなった。  さらに30分が経過し、午後7時になった。  俺ももう気づいている。  彼女は俺を選んでくれなかった。  急に別れを告げて傷つけて。  恋人ごっこをさせてまた傷つけて。  そして無謀にも復縁を迫って。  こんな人間は自分でも選ばなくて正解だと思う。  この頃にはもう彼女を探すことも諦めて変わることのない景色をただ眺めていた。  そうしていると動いていないせいでだんだん芯から凍えるような痛い寒さを感じ始める。  だが俺はしゃがんで蹲りたくなる気持ちにはなっても、帰ろうという気持ちは少しも湧かなかった。  体が地面に凍り付いたように、自分の意思では動こうとしなかった。  雨でも降ってきてくれたらとか、暇そうな誰かが連れ出してくれないかなとか。  他の何かに頼るしかなかった。 「あぁ……」  何もない空を見上げる。 「お待たせ」  喧騒の中でも透き通るような、それでも力強く包み込んでくれる暖かいその声は人々の間を通り抜けて耳に届いた。  少し恥ずかしそうに微笑む彼女は大好きだったいつもの彼女だった。少し遠く離れた場所から何かを伝えようとしているのか、彼女は小さな口元を震わせている。  よく耳を澄ませてみると彼女は誰かの名前を呼んでいるようだった。 「健太」  約束した時間から2時間が経過した。  時計を見ると午後の8時を差している。  結局、彼女が俺の前に現れることはなかった。  今はもう謝罪の気持ちはない。  今の俺にあるのは彼女に対する感謝の気持ちだけだった。  こんなどうしようもない俺の側にいてくれてありがとう、と。  明日からは俺が彼女を振った後の当たり前の日常の続きに戻る。  そしてそれは俺が選んだ道であり、彼女が俺のせいで踏み外してしまった道でもある。  だから今の俺が悲しむのも苦しむのもおかしな話であり、実際に苦しんでいる自分がいるのは酷く滑稽な話だ。  今なら何度だって言える。  本当に間違った選択だったと。  彼女が記憶喪失になったことで偶然知らされた事実。  楽しかった思い出、好きだった気持ち、彼女の優しさ、彼女の側に居られた幸せ。  一から彼女と仲良くなって偽りの恋人関係を演じていたあの短い時間がそれらを思い出させた。  当然、目が覚めた時にはもう俺の側にはいない。  それはまるで記憶喪失になってしまった彼女が俺を後悔させるために見せた夢のようだった。  それがいい夢だったのか悪い夢だったのかは今でもわからない。
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