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その日の授業を終えて大学を出た俺は、急いで最寄りの駅に向かった。
「あ、祐樹くん!」
駅の構内に足を踏み入れたところで声をかけてきたのは記憶を無くした彼女。
さらに彼女は俺に気づいた瞬間、嬉しそうに手を振りながら駆け寄ってきた。
「よお」
「こんにちは、祐樹くん」
俺たちは軽い挨拶を交わす。
「それと今日はありがとな。急に誘ったのに」
「家にいてもすることがなかったので全然大丈夫ですよ。むしろ電話がかかってきた時は嬉しさで家の中を何度か飛び跳ねました」
「それならよかった。けどそのせいでまた財布を忘れてるってことにはなってないよな?」
「あはは……。昨日は本当にごめんなさい。でも今日はこの通りちゃんと持ってきましたよ」
自信満々にそう言った彼女がカバンの中から取り出したのは間違いなく記憶を無くす前の夏が使っていた白色の財布だ。
ただ俺はその財布を見せられた時、安堵とは別に驚きの感情を抱いた。
「……キーホルダー、付けてきたんだ」
「最初は勝手につけていいか迷ったんですけどね。でもせっかくプレゼントしてもらったのに付けなかったらもったいないと思って」
彼女が不安そうに口にした言葉。
俺はその意味を少し遅れて理解する。
「気にしすぎだろ。記憶がないだけで君は夏に変わりはないんだからその財布は君のだし、君が付けたいと思ったのならそれは夏の意思だ」
「……そうなんですかね」
「なんだよ。俺が間違ってるって言いたいのか?」
「いえいえ。祐樹くんが言うならそうなんですよね。私のなんかのためにありがとうございます」
「俺が言いたいのはそういう卑屈なところを直せってことなんだけどな……」
自由奔放なところを見せたり、こうやって弱気なところを見せたり。
しまいには「祐樹くんはすごく優しい人ですね」なんて言い出す始末。
今日の目標には彼女のことを知るというのも含まれているが、彼女が本性を見せてくれるかどうかは少し疑問に思えてきた。
「俺は優しくなんかないよ。ただわかってなさそうだから教えてあげただけ。あとこれはまだ言ってなかったけど、一度目の水族館で夏に同じキーホルダーをプレゼントしたんだ」
「え、そうだったんですか?」
「君と同じでそれをすごく気に入ってた。だから記憶を無くしたとはいえちゃんと君は夏だよ」
「そうなんですね……。祐樹くんと夏さんは……私はすごくいい関係だったんですね」
この反応だけでは伝わったか伝わっていないのかはわからないが、とりあえず納得はしてもらえたということでいいのだろか。
「……恋人だったからな。まあそれはおいおい話すとして今日は電話した通りだから。もしかして忘れてないよな?」
「もう。それもちゃんと覚えてますよ。今日はショッピングモールに行くんですよね」
それはぐらいは自分でもわかるとアピールするように胸を張った彼女に、俺は首を縦に振って答える。
「そう。昨日行った水族館とは違ってここには何回も来てるから記憶を取り戻せる可能性も高いと思う」
「ほんとですか! あ、でもそう思ったらなんだか緊張してきました」
「気が早いな……。それに緊張してる割にはなんか楽しそうだし」
「それは当然ですよ。恋人である祐樹くんとまた出かけるられるんですから」
嫌味で言ったつもりの言葉だったが、夏は気づかずに満面の笑みを返してきた。
「そ、そっか……。じゃあそろそろ行くか?」
「そうですね。それじゃあ行きましょう。記憶を取り戻すために」
居た堪れなくなった俺は彼女の許可を得て早々にショッピングモールに向かって歩き出すことにした。
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