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「トルコ南部が震源の地震で電車が脱線し、多数の死傷者が出た模様です。なお、この電車に日本人は乗車していませんでした」
ラジオから流れるニュース速報を何気なく聞いていた。
日本人はいませんでした。
いつだってそうだ。所詮、他所の国の悲劇なんて他人事。対岸の火事なのさ。
平和ボケしたこの国で、まさかこんな目に遭うなんて、こいつも思っちゃいなかっただろう。
俺はレンタルした車で海辺をドライブしていた。この辺は昼間は風光明媚な場所だが、夜ともなると黒い海と夜を、白いガードレールだけが分け隔てている。そしてお前もこの暗闇に溶けてしまうのだ、
目的地に着くと、俺はトランクからそいつを引きずり出した。やせ型とはいえ40㎏はあるだろう。そこそこ重い。俺は腹についた贅肉をこの時こそは恨めしく思った。前の女房にはさんざん罵られたもんだ。役立たずの贅肉の塊と。
崖の近くまで女を背負って降ろした。そして女が履いていたミュールを揃えて置き、女を崖から突き落とした。女は崖を激しくバウンドしながら暗い海へと溶けていった。これだけ損傷が激しければ死因を特定するのは難しいだろう。
俺はその場を早々に立ち去ろうと振り向いた瞬間叫び声をあげてしまった。目の前に老婆が立っていたのだ。見られた。こいつも殺さなければ。老婆はこちらを見てにぃっと笑った。俺にティッシュに包まれた何かを差し出したのだ。
「お食べ」
そう言ってティッシュを開くと、金平糖が数粒入っていた。
そうか、この婆さんはボケて徘徊してるのか。
「いらねえよ、そんなの。それより今の見てたのか」
老婆は笑顔を貼り付かせて
「お食べよ。おいしいよ?」
とさらに金平糖を勧めてきた。
俺は何故か意識が朦朧として、その金平糖を受け取った。
懐かしく感じた。
うちの祖母ちゃんからもよく金平糖をもらった。
もしもあの頃に戻れるのなら、もっと違う人生を送っていたのかもしれない。
おれはその金平糖を口に運んだ。
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