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目が覚めると俺は布団に寝そべっていた。俺は岸壁に居たはず。あの老婆はどこへ行ったんだろう。布団から体を起こすと周りを見渡した。
懐かしいというには、ほど遠い記憶が蘇ってきた。ジメっとした薄い煎餅布団。容赦なく西日の入る暑く狭い部屋。間違いない。これは俺が幼い頃母親と暮らしたボロアパートだ。
物心ついたときにはもう父親はいなかった。足音が近付いて来る。俺は体を強張らせ息が詰まる。嫌な記憶が体に染みついている。この薄い煎餅布団だけが痩せっぽちで小さな俺を守る術だった。
「ヒロシ?」
間違いなく母親の声。恐る恐る布団から顔だけ出す。無表情な母親の顔が俺を見下ろしていた。
「ご飯だよ」
一言いうと母親は台所へと戻った。良かった。機嫌は悪くないらしい。
「早くたべちゃいなさい」
ちゃぶ台の上には茶碗いっぱいに盛られた金平糖が置かれていた。俺は恐る恐る母親にたずねる。
「母さん、これ金平糖」
言い終わる前に母親がギロリといつもの視線を俺に向けた。敵意のこもった今にも殴り掛かりそうな表情。
「いただきます」
俺はそう言って席に着くしかなかった。
「本当にねえ、アンタさえいなければ、あたしは今頃再婚して幸せに暮らしてるはずなのにさあ」
器用に金平糖を一粒ずつ箸でつまんで口に運びがリリとかみ砕く。
また始まった。アンタが再婚できないのは俺の所為じゃない。その性格の所為だ。アンタは病んでる。
「アンタが居るから、生活費だって嵩むしロクな仕事がないし、せっかくいい感じになった男も、コブつきだってわかったとたんに、サヨナラだもんねえ」
違う、俺の所為じゃない。アンタの性格が悪いから男が逃げて行くんだ。
「ホント、アンタなんて産まなければよかった」
俺は涙が滲んできた。
やめろ、やめてくれ。頼むからどこかに消えてくれ!
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