ケース🔟 前世来世

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「そ、そんな事ってあるんですか?」 蓮浄は、更に怖い顔つきになって、言い返した。 「人は生まれ変わる。お前には、それがどういう事か、分かっているのかい?」 困った様子で、黙ったままの弘子。 蓮浄の話しが続く。 「生まれ変われば、性別や姿・形は違い、全くの別の人物として生きていく。だがしかし、目には見えない“魂” という部分は、ずっと繰り返し、同じものを引き継いでいるんだよ。それは見えないだけで、その人の奥底の中に良い事も悪い事も刻まれ、ずっと継続していくものなんだ。」 弘子が、怯えた顔で聞き返した。 「それって、私もお母さんも・・・なの?」 「そうだよ。よく世間のニュースとかでもあるだろ。見た目が優しそうな雰囲気の人が、まさかの事件を起こしてしまう。世間では、“魔” が刺した、なんて言うけれど。あれは違う。その『前世』から魂が繋がっていて、事件を起こすべくして本人も気がつかずに実行してしまっているんだ。」 真剣な表情で、蓮浄は訴える。 弘子は、やるせない気持ちで、自分の腹部に手を当てて、呟くように言った。 「じゃあ・・この子も・・。」 元々、華奢《きゃしゃ》な体型であった弘子は、周りからは気が付かれない程の腹部の張りであったが、そのお腹には子供を宿していたのである。 冷静な態度で、蓮浄が話しを続けた。 「もちろん、そのお腹の子も同じだよ。お前のお腹に入る前は、どこかの誰かで『前世』を生きていたんだ。」 そう言った後、再び蓮浄は踵《きびす》を返して歩きはじめる。 「まあ、私は『前世』を見る能力を持っていたから、こんな話ができるんだけど。だからといって、自分でも全ての罪ある者を防ぐ事は出来ない、って分かっているよ。それでも、『前世』から繋がりのあった、あのアビゲイル・ウィリアムズだけは、どうしても許せなくてね。」 弘子は、自らのお腹に手を当てたまま、母・蓮浄の横に並んで歩きはじめた。 「この子だけは、大切に守っていきたい。」 諭《さと》すように言う蓮浄。 「その子を妊娠して、すぐにお前は、あのダメ人間の元夫と別れて、こうして実家に戻ってきたじゃないか。私と一緒にいれば、心配はないよ。」 「ありがとう。お母さん。」 弘子は蓮浄に向けて、安息の表情を見せた。 冷たい北風が吹き抜けていく中、小さな町の路上を歩いていく母娘の姿がある。 そのお腹には、今後産まれてきてくれると待ち望まれた一つの命が、息づいていた。 『前世』から、そして『今世』へと引き継がれていく。 蓮浄が弘子へと告げた。 「そのお腹の子は、男の子だ。名前は、要《かなめ》にしなさい。きっと人から必要とされる人間になるから。」 「鬼切 要。良い名前ね。」
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