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翌日の昼過ぎ。
再び鮮魚店を訪れた、蓮浄と弘子の姿があった。
来客を装い、目的である誠の存在をチラチラと確認している。
その時、ちょうど誠と蓮浄の目が合った。
「いらっしゃいませ〜!」
愛想よく笑顔で話しかけてくる誠。
「いつも来店、ありがとうございます! 何か今晩のおかずになる物を探してるんですか?」
蓮浄は目を逸らし、並んだ魚の方へと視線を移した。
「いや、大丈夫だよ。」
遇《あし》らうように返答した蓮浄に対して、誠は親切な態度で語り続ける。
「そうですか。もし良かったら、本日オススメの・・。」
そう言いかけた時、蓮浄はプイッと背中を向けて店を後にした。
「今日は肉にするから、結構だよ。」
その態度に、娘・弘子は気まずそうに、蓮浄の後を追う。
誠は呆気に取られて、歩き去っていく母娘の姿を見送るしかなかった。
帰路の途中で、ブツブツと独り言を繰り返しながら歩く蓮浄。
「・・おかしいねぇ。まだ、生きてる。なかなか、しぶといねぇ。」
心配そうな顔で、蓮浄の傍を付き添う弘子。
怖い程の顔つきで、一心不乱に何か思い詰めたように、一人呟きながら歩き続ける蓮浄。
「・・まあね〜。いくら私でも、所詮は死神じゃないし・・。相手の命を、その時に一瞬で奪うなんて事も出来ないし。ジワジワと呪いをかけて、その時を待つしかない・・・。」
弘子は何も言わずに、ただ蓮浄の傍を一緒に歩き続けた。
それから、3日間が過ぎようとした、極寒の朝。
この日は忘れられないぐらい、凍てついた空気と気温だった。
変わらない事といえば、いつものように久美子が玄関口で見送り、誠は寒そうに震えながらバイクで出勤して行く。
まだ朝日も眠りについている薄暗がりの中、バイクの微かなライトを頼りに、冷凍庫と同じ冷気が辺りを包み込んでいた。
それから、およそ一時間後の事である。
まだ朝早い時分に、普段鳴る事のない家の電話機が鳴り響いたのだ。
ちょうどその頃、久美子は洗面所にいて、洗面器に注いだ湯で洗顔するところであった。
誠と一緒に揃えた結婚指輪を、洗顔の時だけは皮膚が擦れて傷つかないようにする為に、一旦薬指から外しておくようにしている。
しかし何故か今日に限っては、手元が滑ってしまい、その大切な指輪を洗面所の排水口へと落としてしまったのだ。
僅かに排水口で引っかかっている指輪を取る為、ちょうど割り箸を使って駆使している最中の事である。
鳴り止みそうにない電話機のコールに急かされて、やむなく受話器を取った。
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