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電話の相手の用件を聞きながら、みるみるうちに久美子の顔色が変わっていった。
腰が砕けるように、その場に座り込むと、通話の切れた受話器を握ったまま少しの間、呆然としている。
やがて、フッと我に返った久美子は、おぼつかない足どりで立ち上がると、今度はバタバタと家中を駆け回った。
とりあえずの防寒着とマフラーに身を包み、アパートに呼び寄せたタクシーへと乗り込む。
運転手へ行き先を伝えると、あとは後部座席から、ただ窓の外を見直した。
東の先の山間に、ちょうど朝日の光が見えはじめたところだった。
先程の電話の相手は、市民病院の救急センターからである。
その相手は電話に出た久美子に、信じ難い言葉を告げてきた。
今となっては、その説明をハッキリとは覚えていない。
ただ、確かに記憶にあるのは、
「誠が、“交通事故に遭った” という事だった。」
それ以上は、よく憶えていないし、聞き取れなかった。
それに、久美子自身が確認したわけではないので、・・・とにかく半信半疑のまま、電話先の市民病院へと向かってみる。
また久美子は、ふと冷静を取り戻そうとしながら思った。
昨夜、寝つきが悪かったし。
これは、夢を見ているのかもしれない、と。
やがて、久美子を乗せたタクシーは、市民病院に辿り着き、そこから無我夢中で院内へと入っていった。
不思議と全ての感覚が鈍くなり、寒さも感じず、周囲の声が二重にも三重にも聞こえ、見ている人や物がぼんやりと霞《かすみ》がかかったように見える。
やっぱり、これは夢かしら・・?
気がつくと、看護師が久美子を案内してくれて、救急処置室へと通されていた。
何故か目の前にあるベッドの上に寝かされている誠。
眠っている誠を起こそうと、久美子は駆け寄り、強く揺さぶろうと試みる。
ハッとする久美子。
しかし、眠っているはずの誠は、どこかいつもと違っていて・・。
血色のない蒼白い肌で、目を開けずに、そして何よりも、呼吸をしていない・・・。
久美子が、どんなに揺さぶってみても、呼びかけてみても、反応する事はなかった。
どうして⁈ 何で⁈ こんな事って・・⁈
動く事のない、誠の体にしがみ付き、声をあげて泣き叫ぶ久美子。
夢であってほしいと微かな期待をしていた久美子は、悲しみの現実へと叩き落とされた。
その後、どうしたのか。断片的にしか憶えていない。
確か・・事故の事を説明に来た警察の方が、言っていた。
早朝、アパートを出た誠は、職場である鮮魚店に向かう途中、突然センターラインをはみ出してきた大型トラックと事故に遭ったそうだ。
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