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相手のトラック運転手は飲酒運転しており、そして誠は、即死だったという。
久美子一人を残して、誠は逝ってしまった。
時として、小さな幸せに見える一つの家族も、呆気なく崩されていく事がある。
ささやかで何気ない日々の暮らしを、少しずつ積み重ねて、これから先色々と描いていた幸せの予想図・・。
それが突然、簡単に崩れ去り、手元から砂煙のように消え去っていくのだ。
贅沢もなく、途方もない大きな事など望んでいない。
久美子は、ただ誠と一緒に、この世で何気なく苦楽を共にして生きていきたかったのだ。
それだけだった。
全ての夢と幸せを失った久美子は、自分さえも消え去ってしまったような思いになる。
そして・・・。
誠の通夜と告別式が、執り行われた。
花畑のような祭壇で、はにかむように微笑む誠の写真が、いつまでも変わらずに見返してくる。
萎《しお》れた花のようになった久美子は、親族らと共に、葬儀の場にいた。
参列者には、誠の友人や知人、鮮魚店の店長たち。また近隣の住人も来訪している。
その中に、蓮浄と弘子の姿もあった。
二人は誠の祭壇の前で、焼香を済ませる。
やがて葬儀が終わり、会場を後にする蓮浄と弘子。
歩いて帰る途中、ふと蓮浄が立ち止まり、両手を合わせて空を拝んだ。
「桜北 誠。この私を恨むなら、恨むがいい。だがこれも、罪を犯す前に阻止しなければならなかった事。致し方ない事だったのだ。」
その様子を横で心配そうに、弘子が見つめている。
そして蓮浄が、俯き加減で呟いた。
「少し時間がかかったが、やっと目的を果たせて良かった。」
やがて月日は流れ、弘子は臨月を迎える。
ある朝方、腹痛に苦しみだす弘子。
その時を察した蓮浄は、素早く救急車に連絡した。
「弘子! 大丈夫! お産は、病気じゃない!」
「うううっ‼︎」
最近の弘子といえば、手足のむくみが酷い。
救急車に乗せられ、市民病院へと運ばれていく。
蓮浄は付き添い、弘子の傍で励ましを送った。
「頑張れ、弘子! もう少しだよ!」
すぐに分娩室へと運ばれた弘子だったが、担当医が出産の準備に取り掛かる。
「破水しているな。すぐに、おりてくる!」
体中から汗を流し、分娩台の上で苦しむ弘子だったが、30分程したところで異変が起こった。
弘子が、子癇《しかん》を起こしたのだ。
子癇とは、妊婦に起こるけいれん発作で、ほかに原因がないものを指す。
「これは、妊娠高血圧腎症を起こしているな。」
担当医が、判断して言葉を発した。
周りの看護師たちが、慌ただしく動きはじめる。
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