ケース🔟 前世来世

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横にいる美咲の横顔を見返す貴志に対して、美咲は遠い景色を穏やかな笑顔で見つめていた。 「・・私さ、美容師になりたくて。どうせ、なるなら何となくの美容師じゃなくて、カリスマって言われるぐらいになりたくて・・。ハハハ。私、頭悪いんだけどね。」 「美咲が、美容師・・。」 驚きとともに、それ以上声も出せず、黙って聞いたままの貴志。 「それでね。実は、私の叔父さんがカリスマ的な美容師でね。イタリアに住んでるの。それで、高校卒業した後、しっかりとイタリアで勉強しないか、って誘いの連絡があって・・。」 「えっ⁈ イタリア⁈ 叔父さん⁈」 もはや、貴志は単語しか声にならなかった。 そこで、美咲が広い空を見上げながら言う。 「私さ、何の取り柄もないし、勉強も出来ないし。今は、スーパーエブリィでバイトしてるけど。何か一つでも、自分で限界まで頑張ってみたいな、って思って・・。」 まだ、呆気に取られた状態の貴志だったが、じっと話しを聞いていた矢先、急に歓喜の言葉を発する。 「美咲! お前、凄いよ! 俺は、やりたい事に挑戦する事は、凄い立派な事だと思う。」 そう言われて美咲は、また微笑みを浮かべた。 「ありがとう。貴志に言われると、何かホッとした感じがする。これで何の迷いもなく、美容師を目指せるよ。」 貴志は更に力強く、励ましの言葉を伝える。 「美咲なら大丈夫だよ! 絶対に、美容師になれる!」 いつまでも微笑んだ顔で、美咲が付け加えた。 「卒業してからイタリアに行くんだけど。今のままじゃ、勉強とか基礎的な事が全く出来てないから。私、スーパーエブリィのバイト辞めて、今から本気で勉強するんだ。」 静かに話しを聞いている貴志。 「私、貴志や昌也くんと高校が違うから、バイト辞めたらもう会う機会がなくなると思うんだけど・・。」 そう話す美咲を、貴志はただ見つめているだけで、言葉が出なかった。 そこで、フッと顔を上げ、貴志の方へと最高の笑顔をしたはずの美咲の目からは、涙が溢れていた。 「貴志。本当に、ありがとう。バイトでも、プライベートでも、たくさん楽しい思い出が出来たよ。本当に、楽しかったよ。私、忘れないから。」 「・・美咲。」 そこで苦笑いになりながら、涙を拭う美咲。 「あ〜、私ったら、最後は泣かないつもりだったのに。」 じっと見つめる貴志に、また美咲が告げる。 「・・私さ、頭悪いから、よく分からないけど。・・でも、『前世』って、あると思う。そして、それはただの過去とかじゃなく、今生きている自分、これからの自分との繋がりだと思うの。」
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