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それを聞いて、貴志も笑顔を返した。
「そうだな。俺も、そう思うよ。」
そこで、無邪気な美咲の笑顔が戻ってくる。
「だから、どんな『前世』でも、これからの自分自身を大切にしていきたい。」
貴志は、心から救われたような気持ちがした。
「じゃあ貴志。叶恵さんと、昌也くんに、よろしくね。」
そう言って、いつもの美咲になって、手を振りながら去っていった。
「美咲。ずっと応援してるよ。そして、ありがとう。」
貴志は、精一杯の言葉を投げかける。
屋上に、一人ポツリと残ったまま。
貴志の心の中に、甘酸っぱい香りと胸の奥が締め付けられるような想いが、微かに通り抜けていったのだった。
午後の昼下がり。
暖かくなってきた気候の風に季節を感じながら、刑事の白凪 珠里は一人歩いていた。
商店街の裏通りでありながら、行き交う人は多い。
今日はここで聞き込み捜査なのだが、刑事として先輩であり相棒である江戸川と手分けして回っているところであった。
面識もない周囲の人々と、すれ違ったり、また或いは目が合ったりしながら珠里は歩き続けていく。
刑事は・・つまり警察とは、こんな人々を守る為に存在するのだ。
常日頃から、そんな思いがブレる事なく、珠里は誇りとプライドをもって、職務に徹している。
頭脳明晰、エリート志向の珠里には、それが当たり前、のはずだったが・・。
時々、フッと頭の片隅によぎる、ほんの一片の思いがあった。
刑事としてエリートである前に、彼女も一人の人間なのだ。
そのまま過去の記憶が甦っていく。
————————————————。
「珠里。珠里。大丈夫だ。必ず助けるから。」
男性の声が聞こえてきた。
白凪 珠里。
生まれ育った小さな町で、珠里の父は、ちょっとした人気者だった。
子供から大人まで、町の人たちから頼られるヒーロー。
珠里は、そんな父が“嫌い” だった。
父の名前は、白凪 源治《げんじ》。
頑強なほど体が大きく、鍛え抜かれたその筋肉は、昔からやっているジムでの筋肉トレーニングの賜物だった。
その特技を活かし、父は自ら経営するトレーニングジムを開設していた。
当初、まだトレーニング人口の少ない時代だったので、会員数は20名程しかいなかったが、それでも生き甲斐のようにジムを続けていた。
それで、ジムの会員はもちろん、町の人々からも尊敬され、父自身も地域のために、と何でも嫌がらずに率先して取り組んでいたものだ。
更には、“自警団” みたいな団体を作り、そこでも地元の町内会や消防団らと協力して、忙しそうにしていた。
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