ケース🔟 前世来世

24/80
前へ
/80ページ
次へ
おかげで幼かった頃の珠里は、父から遊んでもらったり、どこかへ出掛けるという機会が殆どなかった。 それは、まだ良いとして・・・。 珠里が常に思っていた事は、そんな風に家族との時間を削ってまでトレーニングしたり、町の行事に出かける事が、何の意味をもつのか、という疑問と軽蔑であった。 地域の事や人々ばかりに意識を向けて、家族である珠里と妻には、殆ど関わる時間すら持てなかったのだ。 そんな父に対して、珠里は最初怒りと憤りを感じていたが、そのうち諦めという感情が出てきて、期待しなくなった。 最終学歴が中卒だった父には、最初やれる仕事や必要とされる居場所がなかったと思われるが、それが体を鍛えていく事で、周りから憧れや尊敬が生まれ、自分自身もやり甲斐の場所を見つける事が出来たんだろうと思う。 そして、珠里が8歳になった時の事・・・。 今でも忘れる事が出来ない、あの日。 それは、突然襲ってきた。 震度5強を超える大きな地震。 子供の珠里は、ただ震えるしかなかった。 その時珠里は、通っていた小学校に放課後残って、友人たちと体育館で遊んでいたのだ。 近日中に建て替えが予定されていた老朽化した体育館は、その突然の激しい揺れに耐えきれず、ボロボロと音をたてて崩れた。 窓ガラスが全て割れ、壁の大部分は半壊し、その陰形は、見るも無惨な状態である。 体育館内の2階の高さに位置する通路で、友人たちと遊んでいた珠里は、その揺れと崩れていく周りの建物に身動きすら出来なかった。 やがて、ふと地震がおさまり気がつくと、倒れそうに傾いた体育館の壁と、それに繋がる吊されたバスケットゴールの支柱に、かろうじてしがみついていた。 そのバスケットゴールの支柱は、本来は高さ2m60cmであるが、先程の地震の影響で取り付けてある壁ごと大きく唸って反り上がり、体育館の天井へ付く程までになっていた。 最悪にも、その先端にあるバスケットゴールに、珠里は必死にしがみついていたのだ。 力のある限り振り絞って、珠里は何とかそのゴールの上へとよじ登り、そこで誰か助けが来るのを待つ。 しかし、先程の地震の影響が周辺の町にも及んでいた為、助けどころか、珠里たちがこの学校の体育館にいる事すら、誰も知る由もなかった。 事態は、最悪の状況を迎えている。 遥かに高い位置で、バスケットゴールの上に乗り待機している珠里を風が吹き抜けていった。 もしも、この高さから落ちたなら即死は免れないだろう。 心配なのは、子供である珠里の体力と、再び起こり得るかもしれない余震の可能性であった。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加