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「珠里! それだ! よし! それをバスケットゴールに引っかけるんだ!」
珠里は言われた通りに、そのロープの先端をバスケットゴールへと引っ掛けた。
すると父は、持っていたロープをしっかりと引き寄せながら、すぐ傍の校舎へと向かう。
そこの2階の窓から現れた父は、ロープをしっかりと校舎の支柱へと繋ぎ止めた。
「これで良し! 今から、助けに行くからな!」
珠里はその言葉に不安を感じる。
「助けに来る、って・・。もしかして、そのロープを伝って、お父さんがここまで綱渡りしてくるつもり?」
「大丈夫だ! これぐらいの体力は、いつもトレーニングで作り上げてるからな!」
父は、両手でしっかりとロープを握る。
「お父さん! 無理よ! 友人たちが今、他に助けを呼びに行ってるから! 来るまで待った方が良いよ!」
珠里は必死で、父を止めた。
「珠里。珠里。大丈夫だ。必ず助けるから。」
父の声が聞こえてきた。
「無理しなくてイイよ、お父さん。」
震える小声で言う珠里に対して、ロープを伝い校舎から窓の外へ出る父。
校舎の2階の窓から、真っ直ぐに伸びたロープは、瓦礫と化した体育館のバスケットゴールと繋がっている。
ロープを両手でしっかりと握り、ぶら下がった状態で少しずつ進んでいく父。
ロープだけを伝い、高さのある宙を渡っていく姿は、普通の人には到底真似出来ない事で、その勇敢さはヒーローさながらに見えた。
声を失い、静かに父を見守っている珠里。
鍛え上げられたその腕は、隆起した逞《たくま》しい筋肉が浮かび上がりロープを掴んで一歩一歩進んでいく。
太くしっかりとしたロープは、父の体の荷重がかかり、軋みが感じられた。
流石《さすが》というべきか、父はあっという間に15m程の位置まで進んでいく。
珠里は、緊迫した空気と不安から、言葉もなく見つめた。
父はロープを伝っていきながら、その視線はずっと娘の珠里へ向けられている。
ロープのみで支えられた全身は、吹き抜けていく風を感じ、広大な景色の中にまるで放り出されているような感覚さえ感じていた。
少しずつ、父の額からまた体のどこかしらから、汗が滲んで流れていく。
「きゃあああっ!」
突然、下方の地上から女性らしき叫び声が聞こえた。
父がふと、下を見下ろしてみると、いつの間にか数名の人たちが訪れている。
どうやら先程、珠里の友人たちが大人の助けを呼びにいったおかげか、大人たちが集まってきていた。
「お〜い! アンタ、大丈夫か⁈ 一人で危ない事をして!」
下方にいた男性が、呼びかけてくる。
「こりゃあ早く、警察か救急隊を呼んだ方がイイんじゃないか⁈」
すぐに別の男性の声も聞こえた。
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