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いよいよ全身から、汗を流しながらロープを進んでいく父。
珠里は震えながら、聳《そび》え立ったバスケットゴールの上から、父を見守っていた。
「・・・お父さん。」
ロープを両手のみで伝っていくという狂気な方法と、そのロープの長い距離のせいで、肉体は限界を越えてきていると想像が出来た。
下方では、固唾を飲んでじっと見守っている人、慌ただしく走り回り何か対応しようとする人などがいる。
現場は、騒然とした空気が流れていった。
力強く、交互に腕を掴みながら一歩一歩進んでいく父。
他に手段のない、下方にいる傍観の人々は、息を飲んでただ見守るしかなかった。
すぐ傍まで近づいてきた父を、じっと見つめる珠里。
体中から流れる汗にまみれながら父は、ふぅと一つ溜息をついた。
珠里のいる所まで、およそ5mの距離。
不安そうにする娘・珠里に対して、父はニコリと優しい笑顔を向けた。
その刹那《せつな》、地響きとともに周囲の全てが揺れはじめる。
下方にいる人たちの中から、悲鳴に似た叫び声が響いた。
地面に倒れ込んだり、慌てて座り込む人たち。
バスケットゴールの上で、不安定に揺れながら必死にしがみついている珠里。
その時、見たのだ。
珠里は、それを・・・。
今の余震で、ロープを握りしめたまま揺さぶられる父。
あっ!
それはまるで、スローモーションの映像のようで、一瞬声も出なかった。
鍛え上げられた剛腕の手が限界にきていたのだろうか・・。
ロープから離された父が、宙を舞い、不思議にもゆっくりと下へ落ちていく。
声も音もなかった。
激しい音とともに、地面へと落ちた父と同時に、そこにいた人の中から悲鳴があがる。
「きゃああああっ‼︎」
バスケットゴールの上から、遥か下を見下ろす珠里は、倒れたまま動かなくなった父を見つめた。
だから・・。
だから、言ったのに・・。
—————————————————。
フッと、現実に戻る珠里。
暖かい気候の昼下がりに、刑事の珠里は商店街の裏通りを歩き続けていた。
過ぎ去った過去だからか、あくまでも沈着冷静な性格だからなのか、表情ひとつ変えない珠里。
今は、事件の捜査中。
ふとそんな時に、商店街の一角でポツリと立ち尽くしている小さな子供の姿が目についた。
近くに親らしき人物はなく、その子は一人キョロキョロと不安そうに辺りを見回している。
珠里はすぐに、その子の傍へと歩み寄って声をかけた。
「どうしたのかな? ママと、はぐれちゃったのかな?」
優しい笑顔で、珠里はしゃがみ込みながら話しかける。
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