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貴志は、少し照れ隠ししながら告げた。
「俺と千恵は、『前世』で夫婦になっていたから、千恵の方は、桜北《さくらきた》誠《まこと》という男性でした。」
「へえ〜、なんか男前っぽい名前だな。で、お前は?」
「俺の方は、・・桜北《さくらきた》久美子です。」
「そうか〜。お前も、清楚な感じの名前じゃないか。」
鬼切店長が、そう言って褒め言葉をくれたが、貴志はまだ照れ臭そうに話す。
「さっきも話した通り、自分自身が『前世』で女性だったと知り、名前が桜北 久美子だと分かったところで、見るのをやめたんです。なんかイメージと違っていたので。」
鬼切店長は、優しい笑顔で言った。
「まあでも、『前世』って誰でもそうだろうが。今の自分と違っていて、名前や顔・性別・体型や環境など選ぶ事など出来ないからなぁ。それは仕方ないと思うぞ。」
「まあ、そうなんですけど。他の人の『前世』は、すんなりと受け入れられたのに、自分の事となると、なんか驚きというか、見たくない気持ちもあって・・。」
そんな貴志の肩を軽く叩きながら、鬼切店長が伝える。
「そんな気にしすぎるところが、貴志らしいよなぁ。」
「あ、ありがとうございます。・・って、褒められたわけじゃないですね。」
貴志が、自分の頭を掻きながら言った。
そして意を決した表情で、貴志が続ける。
「でも今回は、いつも夢に出てくる千恵があの時、何を伝えたかったのか分かった気がしたし。背けるんじゃなく、その千恵の『前世』も、きちんと見て受け入れようと思います。」
「そうか。お前が決心したなら、何があっても後悔はないだろう。」
鬼切店長から、後押しするような励ましの言葉をもらって、貴志は気持ちを落ち着けた。
「・・じゃあ、もう一度見てみます。」
少しして貴志は、目を軽く閉じ深呼吸をはじめる。
再び、両手を胸の前のほうで合わせ、三角形を作った。
貴志は目を閉じたまま、呼吸をしている。
やがて貴志の脳内には、様々な画像や場面が次々と飛び込んできた。
———————————————————。
1974年。
気温が低い冬の朝。
時計は、朝5時30分になろうとしていた。
軋《きし》みそうなぐらい古い二階建てのアパートの一室。
一人の若い男性が、バタバタと家の中を行き来していた。
年齢は20歳ぐらいで、身長は170cm程で痩せ型体型。
これが、千恵の『前世』の桜北 誠である。
桜北 誠。21歳。
昨年、誕生日祝いだからといって、古着屋で買った黒いジャンパーを着込んでいた。
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