ケース🔟 前世来世

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俯き加減の廣川が、ブツブツと呟いた。 「俺の人生計画が・・。いつか俺が、店長になって、美咲ちゃんが副店長になって、このスーパーを盛り立てていこうと考えていたのに・・。」 「何? そんな事を考えていたのか? 美咲くんも、そんな願望があったのか?」 意外な事情に少し驚いた様子で、鬼切店長が聞き返す。 「あ、いや・・これは、俺だけの計画で・・・。でも、その美咲ちゃんとは、何ていうか、生まれる前の・・・その、『前世』みたいな時から、俺たち繋がっていたような気がするんですよ。」 真面目な顔で話す廣川が、少し行き過ぎている感じがしたが、鬼切店長はとりあえず話を受け止めた。 「そうなのか。廣川は、『前世』を信じてるのか?」 「えっ? あ、いや、その・・例えばですけど。そんな運命的な繋がりって、あるでしょ?」 その言葉に、鬼切店長は考える仕草をしながら答える。 「う〜ん、まあ、そうだな。確かに・・、生まれ変わってきて、姿や形が違う環境で出会うって事もあるかもしれないからな。」 そう言われて、廣川は少し興奮気味に返した。 「そうなんですよ。俺と美咲ちゃんは、きっと『前世』では夫婦だったんだと思うんですよ。何というか、そんな見えない赤い糸みたいなものを感じるんですよ。」 鬼切店長は、少し呆気にとられながら、言葉を返す。 「そうか・・。でもな、廣川。美咲くんが今回、バイトを辞めた理由は、海外へ行く為なんだ。」 「えっ〜〜〜⁈ 海外⁈ 俺に相談もなく・・?」 廣川はまた、大きな声で驚いた。 ゆっくりと落ち着いた声で、鬼切店長が告げる。 「廣川。人には、それぞれ人生の道がある。お前にも、あるだろ? 人は、その道を自分自身で選んで、その道をまた歩き出していく。それがお互い同じ道でなくても、その人を応援してやろうじゃないか。」 「うっ・・うっ・・。」 鬼切店長に言われて、廣川は急にその場に硬直したようになり、震えながら泣きはじめた。 買って欲しいお菓子があったが、どうしても買ってもらえなかった子供のように、鼻水を流しながら両腕で顔を拭い、泣いている。 そんな廣川の両肩を、鬼切店長は優しく温かい手で掴み、笑顔でほぐしてやった。 「・・うぇおっ、・・おぅっ・・、うぇおっう・・うっうっうっ・・・。」 鬼切店長の優しさと、仕方ない現実に挟まれて、廣川はますます体を震わせて泣き続ける。 落ち着けるよう、背中をさすり続けている鬼切店長に、やがて廣川が顔を上げ、涙や鼻水でぐしゃぐしゃな面で言った。 「・・・あうっ、うっ。・・・・店長。あうっ・・・・、ト、トイレ〜、行ってきます・・。」 「おう。」 トイレへと走り出していく廣川。 それを鬼切店長は、温かく見守っているのだった。
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