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ここは、病院。
時計の針は、午後18時30分を過ぎていた。
叶恵のいる治療室の前の椅子に、貴志が俯いて座っている。
ふと、そんな時、廊下の向こうから誰かがやってくるのが見えた。
鬼切店長だ。
その存在に気がつくと、貴志は気まずそうにコクリと頭を下げる。
鬼切店長は、微笑みを浮かべたまま貴志の傍までやってきて、声をかけた。
「貴志。久しぶりだな。」
それに対して貴志は、直立に立ち、まるで緊張した兵隊のように硬直していて返答する。
「あ、あの・・鬼切店長。先日は、失礼な事を言ってしまって・・。」
そこでまた鬼切店長は、満面の笑顔を向けて答えた。
「何がだ? 俺は全く気にしてないぞ。」
それでも貴志は、俯き加減に頭を低くして続ける。
「いや、でも俺・・・。鬼切店長の祖母が、例えあんな酷い事をしていたとしても、鬼切店長自身は、全く何も関係ない事は分かっているのに・・。すいません。」
謝る貴志の片腕をポンポンと叩きながら、鬼切店長は言った。
「貴志。気にするな。俺だって、同じ状況だったら、同じ行動を起こしたと思う。当然だよな。お前も、驚いただろう。亡くなった妹の件で、まさか俺の祖母があんなふうに関与していたなんて。」
「あ、いや・・。まあ。」
貴志はまだ、申し訳なさそうにしながら頭を掻く。
鬼切店長は、苦笑いしながら言った。
「フフッ。貴志は、相変わらずだなあ。」
そこで貴志はまた、もう一度頭を下げている。
「それより、叶恵さんの状態はどうだ?」
鬼切店長が、治療室の中を窓から見ながら尋ねた。
「あ、はい。少しずつ回復しています。先生も、もう少しで普通の病室に移れるだろうって。」
「そうか。それなら、良かった。」
鬼切店長はそう言った後、持ってきていた花籠を差し出す。
それは洗面器程の大きさで、しっかりと縄状で編み込まれた籠で、中には赤や黄色、オレンジ・ピンクなどの可愛い花が入っていた。
「これを叶恵さんの傍に飾ってやってくれ。早く元気になって、もっとたくさんの花畑を一緒に見に行きましょうって。」
それを見て、貴志も笑顔が浮かんでくる。
「あ、ありがとうございます。母さんも、喜ぶと思います。」
その花籠を受け取った貴志は、早速治療室の中へと入り、叶恵が見える位置の台へそれを置いた。
どうやら叶恵は今、深い眠りについているようだった。
貴志は、敢えて叶恵を起こさず、すぐに治療室から出てくる。
「鬼切店長。本当にありがとうございます。母さん今、眠っているみたいなので、また起きてる時に、伝えておきます。」
それを聞いて鬼切店長は、笑顔で返した。
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