7人が本棚に入れています
本棚に追加
貴志は建物を見上げながら、そこへ入る事に躊躇していた。
いきなり現れた建物の荒廃した姿と、これから何が起こるのか言い知れない恐怖に、今更ながら震えていたのだ。
母・叶恵に危害を加えた四姉妹の一人を見つけ、その怒りの衝動でここまで追跡してきたのだが・・。
対象は、あの四姉妹なのだ。
貴志は曲がりなりにも、以前あの強靭な存在の松田刑事が殺されていたのを発見している。
女性とはいえ、四姉妹のうち長女と次女はケタ違いに強い。
貴志が同等の身長を持ち合わせているとはいえ、それ以外はなんの格闘技経験もなく、喧嘩すらした記憶がないのだ。
ここまで追跡は成功したものの、貴志一人でなんの対策もなく、踏み込み過ぎた事に後悔し、命の危険すら感じている。
山奥にある廃墟。
貴志は意を決して、ゆっくりと建物へと近づいていった。
十数段程のコンクリート階段を登っていくと、そこは玄関らしき立派なドアが見えてきたが、『立ち入り禁止』の紙が貼られ入らないように閉鎖されている。
その前のアプローチ部分は、横へと通路が続いており、貴志は仕方なくそこを進んでいくと、建物内へと入れるようになっていた。
足を踏み入れた貴志は、それが即建物の内部ではない事に気がつく。
どうやら、そこはグルリと建物に囲まれた中庭のようだった。
学校によくある体育館ぐらいの広さの中庭で、膝丈程の雑草が生えているだけで、この暗闇の中でも別段何もない事は判別出来る。
貴志は、知らない場所という事と、この建物の構造すら分からない事により、更に不安が強くなっていった。
その孤独感と恐怖は、より一層膨れ上がり、貴志の弱気を後押しする。
辺りを見回しながら、ポケットからそそくさと携帯電話を取り出した。
以前、教えてもらっていた、刑事の携帯電話にかけて、助けを呼ぶ事にする。
貴志が、携帯電話のアドレス帳を検索していると、いきなりその腕に激しい衝撃を感じ、まるでゴルフボールのショットのように、握っていた携帯電話が宙を飛んでいった。
「あっ‼︎」
貴志は驚きと、その腕の痛みで思わず声を発して、高く飛んでいった携帯電話が建物の壁の上の方に激しく当たって、散り落ちていくのを見送る。
そして、貴志の傍に立っていたのは、ニヤリと不気味に笑みを浮かべたジョオの姿たった。
全身を走る恐怖の絶頂から、声すら出ない。
「welcome!」
ジョオが、貴志に呟いた。
いきなりの事で具体的には分からないが、おそらくジョオの強い蹴りで、腕を蹴り上げられ、貴志の携帯電話は飛んでいったのだ。
蹴られた腕を押さえたまま、貴志は僅か1メートルの近距離にいるジョオに対して、言葉はおろか、身動きすら出来ないでいる。
最初のコメントを投稿しよう!