ケース🔟 前世来世

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母親はそう呼ばれて、チラリと一瞬だけ相手の顔を見たが、またすぐに魚の方へと視線を戻した。 調子よく話し続ける居合わせた客。 「蓮浄さん。また近々、占いをして頂こうと思って・・。なんか、日常生活がうまくいかないんですよ〜。」 鬼切蓮浄。47歳。 そうやってすがる相手に、興味を示さず、蓮浄は魚を見ながら告げた。 「それなら、またうちに来なさい。見てあげる。」 「蓮浄さん。ありがとうございます。頼りにしてます。」 浮かれ気分の声で、その客は立ち去っていった。 先程から、魚を品定めしているようであったが、蓮浄にはそれよりももっと気になっている目標物がある。 魚を見ている仕草を装い、チラチラとその鋭い視線が向けられていたのは、忙しそうに行き来している誠の姿であった。 あたふたしながらも、笑顔で他の客へ挨拶の声を投げかけている誠。 「ありがとうございました〜!」 そんな様子を、まるで身内のように遠目で見守る。 しかし、その見つめる視線は、決して温かいものではなく、むしろ怨恨すら感じさせるような妬ましいものだった。 「・・まだ、生きてるねぇ。」 蓮浄はポツリと、誰にも聞こえない声で呟く。 そんな事も知らずに、一生懸命に働いている誠。 その姿を瞬きもせずに、様子を窺っている蓮浄。 「ふぅ・・。そろそろ、一年経つ頃なんだが。」 また小さく独り言を言ったかと思うと、プイと蓮浄は鮮魚店を離れた。 慌てて、蓮浄の後を付いてくる娘が尋ねる。 「お母さん。・・魚は、買わないの?」 蓮浄は立ち去りながら、娘へ告げた。 「今日は、肉じゃがだよ。」 何か物思いにふけって、そそくさと帰路につく蓮浄の少し後を、娘が付いていく。 蓮浄の娘、鬼切 弘子《ひろこ》。25歳。 少し歩いた所で、娘・弘子が問いかけた。 「・・お母さん。あの魚屋の若い男性・・。何かあるの? 知り合い?」 蓮浄は、少し歩いた所で返答する。 「お前には分からない事だろ。あの男は、『前世』で、アビゲイル・ウィリアムズという娘だったんだ。人を騙し、殺人を広めていた恐ろしい人物なんだよ。」 弘子は、気を遣いながら話を続けた。 「それでお母さんは、刑事みたいに、あの男性を見張っているの?」 道中で急に足を止めて、蓮浄が弘子の方へ振り返って言う。 「生まれ変わったとしても、あのアビゲイル・ウィリアムズの恐ろしい魂が奥底に眠っているんだ。本人は自覚していないだろうが、今世でも同じように殺人を繰り返すはずだから、時々見張っているんだよ。」 それに対して、恐る恐る言葉を返す弘子。
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