7人が本棚に入れています
本棚に追加
母親はそう呼ばれて、チラリと一瞬だけ相手の顔を見たが、またすぐに魚の方へと視線を戻した。
調子よく話し続ける居合わせた客。
「蓮浄さん。また近々、占いをして頂こうと思って・・。なんか、日常生活がうまくいかないんですよ〜。」
鬼切蓮浄。47歳。
そうやってすがる相手に、興味を示さず、蓮浄は魚を見ながら告げた。
「それなら、またうちに来なさい。見てあげる。」
「蓮浄さん。ありがとうございます。頼りにしてます。」
浮かれ気分の声で、その客は立ち去っていった。
先程から、魚を品定めしているようであったが、蓮浄にはそれよりももっと気になっている目標物がある。
魚を見ている仕草を装い、チラチラとその鋭い視線が向けられていたのは、忙しそうに行き来している誠の姿であった。
あたふたしながらも、笑顔で他の客へ挨拶の声を投げかけている誠。
「ありがとうございました〜!」
そんな様子を、まるで身内のように遠目で見守る。
しかし、その見つめる視線は、決して温かいものではなく、むしろ怨恨すら感じさせるような妬ましいものだった。
「・・まだ、生きてるねぇ。」
蓮浄はポツリと、誰にも聞こえない声で呟く。
そんな事も知らずに、一生懸命に働いている誠。
その姿を瞬きもせずに、様子を窺っている蓮浄。
「ふぅ・・。そろそろ、一年経つ頃なんだが。」
また小さく独り言を言ったかと思うと、プイと蓮浄は鮮魚店を離れた。
慌てて、蓮浄の後を付いてくる娘が尋ねる。
「お母さん。・・魚は、買わないの?」
蓮浄は立ち去りながら、娘へ告げた。
「今日は、肉じゃがだよ。」
何か物思いにふけって、そそくさと帰路につく蓮浄の少し後を、娘が付いていく。
蓮浄の娘、鬼切 弘子《ひろこ》。25歳。
少し歩いた所で、娘・弘子が問いかけた。
「・・お母さん。あの魚屋の若い男性・・。何かあるの? 知り合い?」
蓮浄は、少し歩いた所で返答する。
「お前には分からない事だろ。あの男は、『前世』で、アビゲイル・ウィリアムズという娘だったんだ。人を騙し、殺人を広めていた恐ろしい人物なんだよ。」
弘子は、気を遣いながら話を続けた。
「それでお母さんは、刑事みたいに、あの男性を見張っているの?」
道中で急に足を止めて、蓮浄が弘子の方へ振り返って言う。
「生まれ変わったとしても、あのアビゲイル・ウィリアムズの恐ろしい魂が奥底に眠っているんだ。本人は自覚していないだろうが、今世でも同じように殺人を繰り返すはずだから、時々見張っているんだよ。」
それに対して、恐る恐る言葉を返す弘子。
最初のコメントを投稿しよう!