1.拾う女神あれば捨てる髪なし

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1.拾う女神あれば捨てる髪なし

「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたままの私は、引きずられるようにして外へ放り出された。ぶつけた尻が地味に痛い。光る頭のおっさんに転がされたので、二度と毛が生えませんようにと呪った。  見上げた先は立派な西洋風のお城で、私はさらに混乱する。だって、さっきまで山の中を歩いていた。  友人を誘ってハイキング予定が、彼女の体調不良でドタキャンになって……で、折角の休日だからと一人で出かけた。雨に降られて道を外れて迷子になり、気づいたら知らない場所にいた。石造りの壁や天井なんて初めて見たし、床に変な模様のマットが敷いてある。  いわゆる魔法陣みたいな? 複雑な模様はほんのり光っていた。これ、私のスマホの充電器と似てるわ。妙な親近感を覚えてしまう。非接触充電のスマホ用に、お洒落だなと思って購入した魔法陣充電器。充電器を置くとほんのり光るのがお気に入りだったのよね。  というか、ここはどこよ。私の荷物はどこへ消えたの? スマホを含めお財布やお弁当まで入っていたリュックがない。それどころか門の前に転がされた私の手足は短かった。これは絶対、子供サイズだ。ぶかぶかの洋服ごと摘まれて、ぽいっと投げ捨てられた。 「いたっ」 「さっさと消えろ、役立たずめ」  また言われた! むっとして立ち上がる。私、これでも有能なんだからね。むかむかしながら立ち上がるけど、膝や手のひらを擦りむいていた。何でだろう、悲しくて涙が出る。この程度のことで泣くのは、体が縮んだせいかしら。  状況が理解できない。体は縮んでるし、知らない人に拉致られてたし。ここに一人で放り出されても、どうしたらいいのか。  とぼとぼ歩いて、門の前にある丸い広場の噴水の縁に座ろうとした。でも小さい体では届かない。手についた血や泥も洗えないし、困ったな。 「可哀想に、こんな小さな子を放り投げるなんて」  知らない女性が近づいて、私の様子に首を傾げた。金髪を綺麗に結い上げて、上品な感じの人だ。目の色は大きなツバの帽子で分かりづらいけど、緑かな? じっと見上げる私を見つめ返して、ほんわりと微笑んだ。 「不思議な服ね。大きいみたいだから、袖を折りましょうか」  慣れた様子で余ってる裾と袖を捲ってくれた。白くて傷のない手だ。主婦ではなさそう。それより服装が見たことないドレスなんだけど、お金持ちなのかな? 絹みたいな艶のある生地で、布がふんだんに使われてる。レースも高級っぽい。 「ありがとう、ございます」  お礼を言ったけど、相手は首を傾げた。あれ? 「なんて言ったのかしら」  もしかしなくても通じてない。どうしよう、文字で書こうにも紙やペンもないし。外国語は喋れない。でもこの女性の言葉はわかるのに。混乱しながら、にっこりして頭を下げる。これでお礼だって分かるかな? 「お礼なんていいのよ、どこの国の子かしらね。あら、血で汚れてるわ。治療して洗わないと……」 「奥様、王宮で捨てた子を拾うと問題になります」 「関係ないわよ。私はこの国の王に頭を下げる立場にありませんわ。こんな可愛い子に酷いことをする国に支援もしません。さあ、行きましょう……わかる?」  黒服のホテルマンみたいな男性に注意されても、女性は気にした様子がない。それどころか手を差し出してくれた。状況が分かったらお礼をすればいいし、ここが何処かも聞きたかった。言葉が通じればいいのにと思いながら、彼女の手を取ろうとして気づく。 「汚れちゃう」  思わず呟いた。通じないけど、つい言葉って出ちゃうのね。絹の白い手袋になんて触れたら、血と泥がついちゃう。弁償できない。だけど女性は私の手をさっと握った。じわりと血が滲んでしまい、諦める。働いて返しますね。握り返した途端、女性は優しそうな笑みを浮かべた。 「あの馬車に乗るの。大丈夫よ、何もしないわ。お風呂に入って綺麗にして、傷を手当てしましょうね」  こくんと頷いた。意味は通じてるよ、その意味を込めた頷きに彼女は目を見開き……「通じてるの?」と尋ねる。だからもう一度首を縦に振った。 「そう、よかったわ。一方通行でも理解してくれたら、意思の疎通が取れるもの」  絹の手袋なんて初めて触った。とても手触りがいい。手首までの手袋だけど、その縁についてる大きな幅のレース、凄く素敵。模様はスズランかしら。  ――私は今日、見知らぬ毛のないおじさんに捨てられ、見知らぬ優しい女性に拾われました。
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