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 中津家所有のこの邸宅は、大正期に、所謂お雇い外人が設計したものだ。ヨットの舳先のように湾に突き出た三角形の崖の上に建っており、現在はホテルとして使用されている。碧は、この、ホテル・エトレーヴ(フランス語で舳先の意)のオーナー社長なのだった。  碧の私室があるのは、広大な屋敷の中でも奥まった一角にあるプライベートエリアだが、ホテルエリアと同じように当時の家具やインテリアがそのまま使用されている。呼び鈴を鳴らせば、今にも、黒い制服を着た執事やメイドが、磨かれた銀の盆を持って現れそうだ。亨流のように、伝統や権威に反感を覚えがちな性質(たち)の男でも、ここに居ると、戦前の華族社会にでも紛れ込んだような気分になってしまう。
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