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成美が帰ったマンションの一室では、瑞希がソファーに腰かけたまま呆然としていた。腿の上に両腕を置いて前屈みで顔を伏せる。
成美の言動によってぶわっと吹き出した汗がエアコンの冷気で冷え始めていた。汗が冷えたからか、成美への恐怖なのかはわからなかったが、先程からゾクゾクと寒気が止まらなかった。
もう一度成美が動画を見せてからの記憶を辿る。あそこまでは完璧だと思っていた。けれど違った。柊斗との会話を録音した音声。成美は5月31日と言っていた。
5月31日って……2ヶ月も前だけど……。2ヶ月間ずっと全部を知りながら俺とも柊斗とも笑顔で関わっていたってことでしょ?
りりちゃんちに泊まりにも行ってたよね? あの時も既に知ってたってことになる。……こっわ……。
え、ちょっと待ってよ……。りりちゃんのスマホに柊斗とのやり取りが残ってたって言ってたのはいつだっけ? なるちゃんが泊まりに行ったのは?
……正確には覚えてないけど、あの強気な態度は動画以外の証拠も持っている人間のものだった。……絶対見られてるじゃん、やり取り。
だからあの女は信用できないって言ったんだ! って、待ってよ……俺と柊斗の会話が録音されてたってことは……しかも毎回でしょ? 柊斗に盗聴器でも仕掛けてなきゃ無理だよね?
こーっわ! 両手で両腕を擦り、ひぃっと恐怖に耐える。
何が用意周到だよ、何が全然気付いてないだよ。そもそも1番最初に盗聴器仕掛けられてるのが今回の計画を目論んだ主犯だなんてもう笑えてくる……。
詰めが甘いから浮気がバレるんだとかなんとか言ってたくせに……。今までバレてきた俺よりもたった1回バレた柊斗の今回が1番ヤバいぞ。
瑞希は、自分が社会的に抹殺されるのは絶対にゴメンだと首を振る。咄嗟にスマートフォンを持って柊斗に電話をかけた。
「……なに? もう帰んの?」
さっきまで不倫相手とハメを外していたからか、気怠い声の柊斗。その呑気な様子に苛立ちが募る。お前の詰めが甘いから、自ら証拠を作り上げたんだぞと怒鳴ってやりたかった。
「あー……なるちゃん、怒って帰っちゃった」
「は!?」
キンッと耳を劈く声に、瑞希は顔をしかめてスマートフォンを耳から離した。
「喧嘩した」
「なんだよそれ、どういうことだよ!」
「ピンクのチューリップをプレゼントしたんだけど、柊斗がプロポーズの時にくれた花だから俺からは貰いたくなかったって」
「はぁ? そんな理由で?」
「乙女心を傷付けたらしい……。怒って帰っちゃった」
「んじゃあ、今から帰ってくんのか!?」
柊斗は激しく動揺している。今まだそこに莉々花がいるのだろうから当然だ。莉々花を追い出し掃除までするには時間がなさすぎて焦っているのだろうとその様を想像するとなんだかおかしかった。
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