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避妊具を外した柊斗は、ベッドには横にならずそのままシャワーへ向かった。
「柊くん、シャワー浴びるの?」
「うん」
「じゃあ、りりも……」
「最初に一緒に風呂入ったじゃん。シャワーくらい1人で浴びさせて」
「……うん」
ピシャリと言った柊斗に、莉々花は眉を下げて頷いた。柊斗は、スマートフォンを持って脱衣所に入ると内側から鍵をかけた。
成美と関係がある以上、莉々花の側に個人情報に触れるものを置いておくわけにはいかなかった。
さっさとシャワーを浴び終わると、今度は莉々花を浴室へと追いやる。1人になった空間で、ようやく息をついた。性欲が満たされた後、突然やってくる疲弊感。数時間前まで莉々花のことが可愛くて仕方がなかったのに、今となってはもう面倒になってしまった。
ベッドサイドに置き去りにされている莉々花のスマートフォン。柊斗はそれを手に取った。パスコードは【0826】。8月26日、柊斗の誕生日である。
「俺のパスコード莉々花の誕生日にするから、莉々花は俺の誕生日にしなよ」
そう言って柊斗は莉々花と関係を持った日にパスコードを変更させた。自分のパスコードも目の前で莉々花の誕生日に変更し、解除して見せた。
その後帰宅した柊斗がすぐにパスコードを変更したことなど莉々花は知らない。目の前でスマートフォンを開こうとも、本人であれば顔認証で解除できるのだ。わざわざ莉々花の目の前でパスコードを打つ必要もない。
あれだけ柊斗のことを好きだの、愛してるだの言う莉々花が、自分との思い出を取っておかないはずがない。そう思う柊斗は、毎回スマートフォンのチェックを欠かさない。
写真やメッセージやSNSを開く。莉々花には「俺の立場が悪くなるような付き合い方しかできないなら会えないから」と最初から言ってある。
従順に約束を守っている様子の莉々花のスマートフォン。不倫の証拠となりそうなものは1つもない。成美とのメッセージも開いた。余計なことを話していたらすぐにでも切ろう。そう思ったが、こちらもそれらしいやり取りはなかった。
「えらい、えらい」
柊斗はそう小さく呟いて、頬を緩めた。一安心したところで昼間の瑞希の言葉を思い出した。
「もう邪魔なんでしょ? バレてもいいんじゃないの?」
「邪魔なら俺にちょうだいよ」
脳裏に響いた言葉にうーん、と顔をしかめてごろんと向きを変える。うつ伏せになり、クリーニング後の匂いがする枕に顔を埋めた。
不動産企業の担当は俺になったし、今ではあそこよりデカい仕事もある。もうすぐ34だし、35までは目前。30代後半になれば信頼はもっと厚くなるし、正直今離婚しても特に失うものもないんだよな……。
でも不倫がバレるのは困る。慰謝料だの財産分与だの言われたら面倒だ。金を稼ぐために成美と結婚したのに、別れる時に金を払うなんてあっていいわけがない。
いっその事、瑞希がもらってくれりゃ……あ、いいこと思いついた。
柊斗はかばっ! と体を起こす。笑いが込み上げ、体が震えた。
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