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成美はマンションへは帰らないと言っていた。しかし、それで柊斗が安心するのは癪な気がした。
俺があんなに詰められてる間、呑気にりりちゃんと楽しんでたとか……ちょっとくらい焦ればいいよね。
「わかんない。引き止める暇もなく帰っちゃったから」
「何やってんだよ! 今日証拠が手に入る手筈だったろ!? お前のことを信用して頼んだのにこれじゃ計画が台無しじゃねぇか!」
声を荒らげた柊斗にさすがの瑞希もピクリと額に青筋を浮かべた。温厚な瑞希が怒ることなど滅多にないがそもそもこんなことになったのも柊斗が成美に盗聴されていたせいである。
その事を伝えられないもどかしさも相まって瑞希の怒りは頂点に達した。
「ねぇ、随分な言い方じゃない? こっちだってそれなりに努力したし計算して行動したよ。柊斗こそ慌ててるけど、俺がなるちゃんとの証拠作りをしてる間、まさかりりちゃんと会ってたりしないよね?」
「……は? そんなわけないだろ」
こんな時くらい素直に認めて謝ったらどうだと目頭を押さえる。
「そもそも慰謝料だってもうそんなにとれないんだからこれ以上証拠作りをしたって無駄だよ」
「お前な……慰謝料がとれなくなったのはお前が俺の子供嫌いを成美に暴露したからだろ!? それがなければ慰謝料300万はとれた!」
「は!? それはあの時に言ったじゃん。柊斗が完璧な夫を演じてる以上、なるちゃんが他の男に目を向けるわけがないって。だから1つくらい欠点を作ったわけじゃん」
「もっと他に方法はあっただろ!?」
「なにそれ、責任転嫁!? 重要なことは全部俺任せで何もしなかった柊斗がそういうこと言わないでよ!」
何もしなかったくせに計画したその瞬間から相手に気付かれたくせに。リスクを負って行動したのは俺ばっかりで、社会的抹殺を前に脅されたのも俺だ。
邪魔しかしない頭の悪い女といつまでも関係を続けて、間抜けにも自分で動画を撮らせて責任は全部自分にあんだろ!
瑞希はギューっと拳を握り、声を張り上げた。
「もう俺は降りる! 無理だからね」
「は!? 何言ってんだよ、今更」
「今更もなにもないし」
柊斗のことを友達だと思って裏切らずにきたのに、こんな時でも自分の心配しかしないんだから。どうせどう足掻いたところでもう逃げられない。ほんの少しでも労いの言葉があれば、なるちゃんが行動に移した後に逃げ道くらい考えてやろうかと思ったけど、もう無理だ。
バカバカしくてやってられない。いくら友人でも、同僚でも俺は柊斗のために人生を終わらせたくなんかない。
瑞希はまだ喋っている柊斗をよそに、一方的に電話を切った。おそらく成美が帰ってくると焦っている彼は、今日はもうかけ直してこないだろうと思えた。
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