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おしどり夫婦
遡ること3ヶ月前。
成美は朝食をテーブルに並べた。朝から一汁三菜の豪華な食事。夜勤前の午前中にも関わらず、成美は料理に手を抜くこともない。
家中はどこもかしこも埃1つ落ちておらず、ピカピカに輝いている。仕事に行く前に一通りの家事をこなす。それが成美の日課である。
『女の幸せはね、夫に尽くすことなの。しっかり家事をして、夫を立てて、いつでも美しい環境の中に身をおけば、自然と幸せはやってくるものよ』
そう言った母の言葉。父親が若くして胃がんで亡くなるまで、とても夫婦仲のよかった両親。成美はそんな両親の結婚に憧れを抱いて育った。
いい夫であり、いい父親だった。それは成美にとってとても自慢である。
「美味そう。今日もありがとう」
真っ白な鏡面のダイニングテーブルに向き合って腰をかけた夫の柊斗が、眩しいほどの笑顔を成美に向けた。
艶のある漆黒の髪。瞼にかかる前髪の下から覗く聡明そうな瞳。ラインのハッキリとした頬骨。ピッチリと成美がアイロンがけをしたシャツに袖を通し、3年前のバレンタインデーに成美が贈った青と水色のネクタイをキュッと締めていた。スーツ姿の柊斗は一度街を歩けば誰もが振り返るイケメンである。
「今日、私夜勤だからまた夕食は作り置きになっちゃうけど……」
「助かるよ。成美の料理はどれも美味いし、冷めても美味い」
「……褒めすぎよ」
そう言いながらも成美はふっと頬を緩めた。
よかった。喜んでくれた……。夜勤は16時間勤務だし辛いけど、柊斗が仕事に行った後に寝ればいいし。なにより、柊斗が喜んでくれるのが嬉しい。
そう思う成美は、柊斗と一緒に朝食を摂った。
「あ……そう言えば、昨日お義母さんから電話があったんだった」
「母さんから?」
思い出したら憂鬱になる。結婚して5年目になるのに孫はまだなのかという連絡は絶えない。ただでさえ看護師として忙しなく働き、不定休の成美のことをよく思っていなかった柊斗の母親。
『そんなんで柊斗のことを支えられるの? 柊斗のお給料でも生活できるでしょ? あなたがパートになって、家庭を守るのも妻の役目なのではなくて?』
そんな小言を数年間言われ続けている。
成美は父親が入院していた時、まだ子供だった自分を励ましてくれた看護師に憧れ、その道に進んだ。大変な時期を乗り越え中堅となってようやくやりがいを見つけられたような気がした。だから成美にとって仕事はただの金銭目的ではない。
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