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税理士事務所に勤務している夫と夜勤をもこなす成美の経済状況は、他世帯と比べても潤っている方である。
世帯年収1000万円は優に超えている。築5年だった賃貸マンション2LDKに住み始めて5年目に突入した。子供のことも考えたらそろそろ持ち家が欲しいと考え始めていたところだ。だから成美だって子供のことを考えていないわけじゃない。けれど、それは柊斗と話し合って決めたことだった。
25歳で入籍した成美よりも3つ年上の柊斗。当時28歳だった柊斗は「俺が30になるまで子供は待ってほしい。子育ては一緒に頑張りたいから」そう言った。
成美はその言葉が何よりも嬉しかった。まるで亡くなった父親を見ているようだった。土日休みのどちらかは家族サービスをしてくれ、1つ年上の兄も含め家族で過ごす時間が多かった。そんな家族を柊斗と一緒に作っていける。成美はそう信じて疑わなかった。
「もちろん。私もまだ勉強中だし、今やっとプリセプターを任されたばかりでもう少し頑張りたいと思ってたの。だからあと2年、新婚生活を楽しんでからでも遅くないよね」
そんなふうに笑顔で答えた。
約束の2年後はすぐにやってきた。けれど、柊斗はあまり子供をもつことに積極的ではなかった。
「ごめん、成美。まだ大きな仕事があって子育てしてる余裕はないんだ。今子供ができても成美にばっかり負担させる気がする。家事も育児もじゃ大変だろ? だから、もう少し待って」
その言葉を信じて待った。更に2年が経ち、もう20代も終わり。高齢出産まではまだあと6年あるし、今の医療技術であれば安全に妊娠、出産できる可能性が高いこともわかっている。
けれど、同期達が皆産休、育休で職場から姿を消していくのを見送っていく内になんとなく寂しい気持ちになった。
義母に言われるまでもない。成美こそもうそろそろ、と思っているのだ。しかし、義母のことだから正直に理由を説明したところで「育児をするのは母親の務めでしょう。柊斗の言葉に甘やかされてズルズルきたんじゃないの? あなたが仕事を辞めれば済む問題じゃない」と言われることは目に見えていた。
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