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当時28歳だった柊斗は、就職してから着々と業績を伸ばしていた。経営者である税理士の倉田からの信頼も厚く、大きな仕事も任されるようになった。
しかし、資本金1億円にのぼる不動産企業の顧客担当だけは手の届かない存在だった。
「社長さんはちょっと古い考え方が残っててさ、男は結婚して家庭をもって一人前だって考えてるようなところがあるんだ。だから、雨宮くんも結婚したらこの会社を任せようかと思ってるんだけどね」
そう倉田に言われ、仕事の実力だけでは手に入らないものがあることを知った。不動産会社である社長から学べることは多くある。人脈も広く、そこの社長に気に入られれば今後の仕事も優位になることは明白だった。
正直倉田のやり方はぬるい。もっと顧客から搾取できるものがあるはずだと考える柊斗は、確定申告だけでなく、経営コンサルや保険の売り込みにも力を入れていきたいと考えていた。
そのためには、この企業の担当になるのは必須。そう思った柊斗は入籍というものをすることに決めたのだ。
「だからって本当に結婚するなんて思わないでしょ」
「今後の安泰を考えたらそれが1番の近道だったんだよ。自立してて、家事もしっかりやってくれる成美なら手もかからないし結婚しても邪魔にならないと思ってたんだけどな……子供が欲しいなら、もうそろそろ邪魔だわ」
なんの悪びれもなくそう言った柊斗に、瑞希は堪らずふはっと吹き出した。
「えー。邪魔なら俺にちょうだいよ、なるちゃん」
「やれるもんならやりてぇよ。って、俺のお古でもいいわけ?」
「俺、そういうの気にしないの。女の子は皆可愛いし、皆大好き」
瑞希は天使のような笑顔を柊斗に向けた。嫌そうに頬を引きつらせる柊斗は「誰でもいいってわけにもいかねぇだろ。お前、ストライクゾーン広いからな……」と息をつく。
加熱完了のランプが点灯したのを確認した瑞希はそっとタバコを吸い込んだ。堪能するかのようにゆっくりと煙を吐き出す。
「広いね。正直、女の子なら誰でもいい。でも、なるちゃんくらい美人ならもっといい」
「ふーん」
「そういう柊斗は完全に顔でしょ?」
「あー……。顔はもう必須じゃね? じゃなきゃまず勃たねぇ。あと若さだな。女の賞味期限は30までだろ? だからどの道成美はもう賞味期限切れってこと」
「なるちゃん、もう30か」
「うん。結婚した時25だったから」
「じゃぁ、それ見越してもっと若い子と結婚すればよかったのに」
「言ったろ? 面倒臭い女は嫌だって。あんまり若すぎて我儘な女は論外だ。そんなのと結婚してずっと家にいてみろよ。私、専業主婦になりたいの、とか言われたらゾッとするよ。女なんか、ヤリたい時だけ会えりゃいいんだから」
とても既婚者とは思えない発言に、瑞希は独身時代の柊斗と話している気分になった。
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