アポカリプスに花一輪

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 その次の日も僕は丘の上の公園へ行った。昨日と違うところと言えば、今日は望遠鏡を担ぐのはやめて、肩から掛けられる小さな双眼鏡にしたことだ。昨日の彼女がいなかったら拍子抜けだな、と思いながら坂を上っていくと、幸か不幸か、昨日と同じ後ろ姿が見えた。瞬間、僕は奇妙な興奮に駆られる。正直に言って、この奇妙な冒険にワクワクし始めていた。  彼女の方は昨日と何も変わらなかった。手ぶらで星空を見上げながらぶつぶつと何かを呟いている。見つからないように距離を取って、物陰に身をひそめる自分が何だか可笑しかった。気になるなら声をかければいい。あなたも天体観測ですかとか、気の利いた聞き方はあるはずだった。でも、宇宙人かもという昨日の考えがこびりついて離れず、彼女に対する恐怖を助長した。  昨日とは違って彼女の言葉は、中々意味のある言葉として耳に入ってきてくれなかった。でも、そのことがかえって僕の想像力を無駄に刺激する。聞き取れないのは地球の言葉ではないからで、遠い星にいる仲間と交信しているのかもしれない。きっとこの星から脱出する手筈を整えているんだ。でも、今すぐこの星を出ていかない理由は何だろう。そもそも彼女はどうしてこの星に来たんだろう。 「お嬢様……」  昨日と同じようにかさかさ言う花の囁き声と意味不明な暗号の羅列に交じって、その言葉だけが聞き取れた。他の音には無い、愛おし気な響きが、やけに耳に残る。  星々との対話を終えて、去って行く彼女を丘の上から目で追う。すぐに見えなくなったけど、そのうち、丘の上から見える、勝手に空き家だと思っていた古い屋敷に明かりが灯った。あのお屋敷のお嬢様。彼女がこの星にとどまる理由。そして、この星に来た理由。彼女に、縁もゆかりもない星で暮らすことを選ばせた人はどんな人なんだろう。その人が彼女をここに呼んだのか、彼女が空からその人を見つけたのか。  そんなことを考えながら床に付いたら、ふと夜中に目が覚めた。体が動かない。金縛りだ。こういう時は無理やり動こうとすると良いらしい。 無理やり右手をじたばた動かそうともがいていると、急に腕がぶうんと動いた。その先に、何か冷たいものが触れた。驚いて目を開くと、部屋全体が薄ぼんやりと光っていた。 「キミハ、キイテイタ」  機械のように抑揚の無い声が、耳鳴りと共に耳を擽った。枕元に誰かがいる。僕は声を上げようとしたけれど、喉だけは相変わらず固まったままだった。 「チキュウガ、オワル」  枕元の人影は、発光している右手を僕の方に伸ばしてきた。そいつが何なのか確かめたいのに、僕の体は反射的に目を瞑る。 「シッテシマッタ、カラニハ」  僕の部屋に、嫌に重量感のある音が響いた。  望遠鏡の倒れる音で目が覚めた。窓の外はもうすっかり明るくなっている。倒れた望遠鏡は、幸い壊れたりはしていないようだ。僕は二重にほっとして溜息を吐いた。  その日は遅刻はしなかったが算数の授業中に熟睡し、珍しく2日連続で叱られた。
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