アポカリプスに花一輪

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 七月二五日の夜、僕は二人を見送るために丘の上の公園で待っていた。朝からなんだかそわそわしていたから先生に注意されたけど、全く気にならなかった。周りもそわそわしていて怒られたのは僕一人じゃなかったけど、だから気にならなかったわけじゃない。彼女を見送ったら僕はいつもの日常に戻らなくてはいけないだろう。でも今日一日、最後の一日ぐらいは不思議な気分に身を任せたっていい筈だ、そう思っていたからだ。  初めて彼女と会った時のような、満天の星。今日こそ望遠鏡を持ってくればよかった。彼女の故郷はもっとすごい星空が見えるという。そんな場所が地球上にあるとは、未だに僕は思えなかった。  時計を見ると、彼女が言っていた出発の時間を少し過ぎていた。足音一つ聞こえない丘の上。妙な不安に襲われながら、僕は待つ。  突如として、夜中のはずなのに辺りが薄っすら明るくなる。僕はテレビドラマに出てくる、UFOの着陸シーンを思い出した。光り輝く船が空から降り立ち、辺りは昼のように光に包まれる。呆然とする僕を尻目に、いつの間にか丘の上にいたあの二人は、そうするのが当然というように船に乗り、地球を後にする。  そんな幻想をかき消すほど、その光源の正体は衝撃的だった。あのお屋敷、二人の家が大きな炎を噴き上げて燃えていた。  あんなに大きな光は見たことがない。ごうごうぱちぱちと火の粉の弾ける音が、ここまで聞こえてくるような気さえした。  それはまるで超新星。最期の炎。空へ空へと立ち上っていく煙と灰と火の粉。終末の炎は容赦なく屋敷を嘗め回し、そのたびに二人の幸福な城が崩れ落ちていく。  僕はそれをなすすべなく見つめていた。世界の終わり。この光景にはその言葉がぴったりだった。  あの二人がこれまで暮らした世界は、確かに滅び去った。消防車のサイレンが、空っぽの空にいつまでも響いていた。  それを聞いているのは僕と、大分萎れて、明日には枯れてしまうであろうリナリアの花だけだった。僕はそのうちの一輪を摘み取って、彼女のように握りつぶそうとして、思い直して懐にしまった。
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