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確かに、神様の力は凄い。たかが怨霊ごときが呪ったところで簡単に魂が壊れたりしないほどには。
しかし、四六時中一緒にいて――その神様の力を吸い取ってしまっていたなら話は別だ。私は自分が神様になりたいと願ったことで、ずっと此処にいたいと考えてしまったことで、無意識のうちにタケさんの力を吸い上げてしまっていたのである。
そして、そのタケさんは力を奪われて弱体化した上、私の傍にいすぎたことで影響を受けてしまったのだ。元より私の呪いの力は、私自身でもコントロールできるものではなかったから尚更に。
「こうなるの、本当は……最初からわかっていたんじゃないんですか」
床に臥せた彼の傍で、私は泣きながら尋ねた。
「どうして、私を傍に置いたんですか。神様は魂だけの存在でしょ。消えたらもう、次の人生なんてないんでしょう。貴方がいなくなったら困る人がたくさんいるんでしょう。だったら、何で……!」
わからなかった。確かに、タケさんはとても優しい神様だけれど、私とはまだ出逢ってさほど日が過ぎているわけでもない。何よりそこまで情を傾けてくれるほどの価値が、己にあるとは到底思えなかったのだ。
「……ただのエゴみたいなものさ」
タケさんは、苦しい息の下で告げた。
「ごめんね。神様なのに……君が苦しんでる時に助けてあげられなくて」
「!」
「神様、って呼ばれてるのにさ。俺達はほんと無力なんだよ。人が増えすぎて、管理するためには人間の力も強くなりすぎて。……俺たちもさ、ブラック企業ばりに働いて日本という国を作ってきたつもりなんだけど……なるべく人間たちの自由な意志に任せようとしたら、いつの間にか世界はあんなことになっちゃった。人が人を殺すのは当たり前。人が人を傷つけるのは当たり前。自分を守るために誰かを蹴落として、でもってそこまでして守りたかった自分さえ守り切ることができない人間で溢れてる」
正直ね、と彼は続けた。
「俺たちがちょっと干渉して一時的に良くなっても、すぐに元の木阿弥なんだ。……そんな世界を見てるのが辛くて……もう疲れてしまった。でも、俺達は神様だから……自分では死ねないんだよね」
私は理解してしまった。いつも笑っているように見えたタケさんが、本当は私の存在そのものに罪の意識を感じて苦しんでいたこと。苦しみすぎて、私の側にいることで――私を救うと同時に、終わりを望んでしまっていたことを。
消えてしまったら楽になれるはず。
そう願っていたのは、私だけではなくて。
「……神様お願い、なんて。都合の良い言葉、ですよね」
私はぎゅっと着物の裾を握りしめて言った。
「自分で自分を救う努力もしないで、神様にだけ都合よく頼って。それで願わなかったら都合よく恨んで。……人間って本当に勝手だわ。私も含めて」
「ナミコさん……」
「今ならわかるんです。私は、生きているべきだった。それこそ、死ぬくらいなら会社をやめても上司や同僚を殴っても良かったんだって今ならわかる。生きていればお茶も飲めた。温泉も入れた。新しい自分に生まれ変われたかもしれないし……生きているうちに、そばにいたいと思える人にだって出会えたかもしれないのに」
それで一体、どれほどの時を無駄にしたのか。
八つ当たりのように、罪なき人間たちの命を奪って踏みにじって来たのか。
死んで、こうして優しい場所に来て――ようやく己の業を思い知って。絶対に結ばれない人に恋をして、その人を死なせようとしている。今ならわかる、これこそが罰だったのだと。
私が本当に、行くべき場所は。
「……タケさん、私を引き止めてくれたのは、償いと消滅のためだけじゃない、そうでしょう?」
たった今、理解した。
私が本当に行くべき場所。彼は最初からわかっていて、だから躊躇してくれたのではないかと。
「私、行きます、地獄へ」
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