潜入の日

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「……おい、帝国」 背後から声がした。呼び止められた……のか?しかし帝国というのは十中八九俺のことだろうし、何より先ほど聞き覚えた声の主だ。あまり友好的な感じではないけど、今後の生活のためにも振り返っておくのが吉か。 「まだ何か用か、ウィズ君」 追いかけてきたのか、直ぐ後ろに立っていた。そして眉をピクつかせている。 「君付けはやめろ。喧嘩売ってんのか」 「馬鹿言うな、買ってやってんだよ」 「てめっ!」 「ほら、そこまで」 詰め寄ってきたところで間に割って入ってきたのはカーム。席からは少し離れていたんだけど、あっという間に追いついてきた。こうなることが分かっていたみたいだ。 「イオ君、ウィズだって本気で喧嘩しようとしたいわけじゃないから許してやって」 「分かってる」 本気だったら胸倉くらい掴まれていたと思う。一応まだ店内だし、ウィズ大声を張り上げていなかったから本気で喧嘩する気なんて毛頭なかったんだろう。ウィズもカームが止めてくれるのを見越していたみたいだし。 「まっ、そういうことだからさ、とりあえず落ち着て話し合おうよ」 俺とウィズは爽やかな笑みを貼り付けた金髪に背中を押され、先ほどまでいた席に再びついた。……あれ、俺観光するつもりだったんだけど。なんだか誰かさんに上手いこと乗せられた気がしてならない。 その誰かさんに目をやると、わざとらしく視線を逸らした。 「ほら、ウィズ。まずは謝らなきゃ」 イースガラムの留学生とやらは、確かに優秀……というかやり手だな。 ウィズは気まずそうにしばらく視線を泳がせていると、隣に座るマリに小突かれてついに観念したのか、頭を掻きむしって真っすぐ目を見つめてきた。 「ていこ……イオ、君。悪かった」 なるほどこれは。 「確かに君付けはむず痒いな。俺も悪かった、からかったりして」 「からかってたのかよ」 怒りを通り越して呆れた、という表情だ。 「ウィズは帝国に何か恨みでもあるのか?あるんだったら帝国を代表して謝るぞ」 「そんな簡単に代表しない方がいいと思うよ……」 マリは呆れたように言った。 「いや、恨みとかそういうのじゃねぇんだ。……単純に今日ムカつくことがあってだな」 「というわけで本題に入ろうか」 無理やり会話に割り込んできたカームの肩を掴む。 「おい、ナチュラルに俺の巻き込もうとしてないか」 「なにを水臭い、僕たちはもう仲間じゃないか」 「ここまで希薄な関係も珍しいぞ。まだ赤の他人の方が信用できる」 「同じ留学生だろう?」 「その共通点は交渉材料にならない」 「騎士たる者、困っている人を見逃すのは如何なものかと思うよ」 「困っているかどうかも聞かされていないんだが」 「じゃあ話は聞いてくれるんだね?」 笑顔の圧がすごい。ああ言えばこう言うし、埒が明かない。誰か助け船を出してくれそうな人は……。マリは……正義感が強いし、恐らくウィズが困っている張本人だろうし。だとすると。 「ロゼは変なごたごたに巻き込まれたくないよな?」 「騎士として人助けは当然かと」 あぁ、そっちの人ね。グランダルの騎士はみんな真面目なんだろうか。帝国でもまぁそんなやつらばっかりだったけど。 「イオ君、話聞くよね?」 イースガラムの留学生、恐るべし。 「……分かった、話は聞く。でも協力するかは聞いてからだ」 もう断れないことを見越してか、カームは満足そうに笑った。
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