潜入の日

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俺とマリはひとまずは料理を注文しにカウンターへ並び、受け取ってから再び席に戻った。とりあえずおすすめされるがままに頼んでみたが、これが正解だったようでいい匂いが食欲をそそる。量も申し分なく、十分満足できそうだ。これで学生の財布事情にも優しい価格設定なのだから、これだけの人が集まるのも納得ができる。 一口食べれば、そのあとはもう手も口も休まることを知らずに動き続ける。 「気に入ったみたいでよかった」 「イースガラム出身のお前が自慢するな」 「美味しいものに国境はないからね」 「ならなおさらだ」 ……カーム・セルリアン・イースガラム。一見、人畜無害な好青年。言い換えれば掴みどころのない人物だ。個人的には避けたい部類の人間ではあるが、イースガラムの王室や思想、文化には興味がある。出会って数十分で切り捨てるのは流石に惜しいか。 黙々と食べることに集中していると他の四人は雑談に花を咲かせていた。この前の試験がどうだったとか、今度の実習がどうだとか、騎士の卵らしい会話もあったが、あの子はあの人が好きらしいとか、振られただとか、実に学生らしい会話まで繰り広げられていた。 目的のない会話というのは聞いていると興味深いもので、話題が次々と変わっていく。情報交換と呼べるほど有益なものとは思えないが、楽しそうな雰囲気というのは仲の良さをよく表していると思った。 「あ、ごめんイオ君。全然分からない話ししてたよね」 黙々と食べていた俺に気が付いたマリが申し訳なさそうに言った。 「大丈夫。ところで、四人はどうやって仲良くなったんだ?」 マリの話だとカームは隣のクラスだったはずだ。接点はあまりないように思えた。 「あぁ、前の野外演習が同じチームだったんだよね」 「野外演習?」 聞き返すと、ウィズは少し嫌そうに補足説明をしてくれる。 「近くの森で一週間サバイバル生活。食料持ち込み禁止だから結構ギリギリだったんだよなぁ」 「……グランダルの騎士学校って結構ハードなことするんだな」 何かの隠密部隊と間違えてないか? 「帝国じゃなかったのか?」 「ないわけじゃないんだろうけど……ええと、そこまで大変そうなのはなかった。イースガラムはどうなんだ?」 「うちもまぁそこまでのはなかったよ。だから少し面食らったね」 カームですら笑顔が少し引きつっている。今の安定した世の中じゃ、サバイバルの訓練というのは時代錯誤もいいところだろう。 「でも苦労した分、私たちは仲良くなれたから結果オーライかな」 この中で一番前向きというか、大雑把なのはマリらしい。 「ロゼも苦労したんじゃないか?」 「き、騎士たるものあのくらい……」 目が泳いでいるし、声も震えている。案外一番分かりやすいのかもしれない。 「ロゼちゃん暗いところと虫が苦手なんだよね」 「き、騎士ですからあれくらい……くっ」 辛そうだ。そこまでして騎士になりたいというのも立派だが、これからも苦労しそうだな。
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