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「邪魔だクソガキ!」
新生活の二、三歩目とは思えない言葉が聞こえてくる。声のする方を向くと男がこっちに向かって全速力で走って来る。小綺麗な恰好、短く切り揃えられた端正な髪型、よく鍛えられた体、何かを抱きかかえているように見える。……なんて冷静に観察しているのは、突然の出来事にただ立ち尽くすことしかできないからだ。男は避ける気もなかったらしく、肩がぶつかり、その勢いにいとも簡単に突き飛ばされ尻餅をつく。その男は当然謝ることも手を差し伸べることもなく路地の方へ消えていった。
何が起きたのやら。とにかくこれ以上に最悪なスタートというのも中々ないだろう。土産話には丁度いいと思うしかない。
無理矢理前向きに捉えて立ち上がると、
「泥棒だー!」
と男の大声が聞こえてくる。なるほど、今のは泥棒だったのか。大の男が全速力で走ることなんてそうそうないからな、納得した。知っていれば足でも掛けてやるつもりだったのに、体が動いていれば。
「まかせて!」
男の声にすぐに反応したのは女性の声。声的にはまだ若そうだ。声がしたのは、泥棒が来た方向。今時正義感溢れる人間がどんな人か、野次馬根性で一目見ようと振り向いた。
オレンジがかった明るい茶髪が肩口辺りで揺れている。名乗り出るだけあってその顔立ちには活力が満ちているが、まだ幼さもある。
その女性、女子と言った方が的確だろうか、その女子は泥棒が今しがた走り抜けていった跡を辿るように走っている。あっという間に路地の方へ消えていくのかと思いきや、徐々に速度を落とし、目の前で立ち止まった。
なぜかしばし見つめ合う。運命の出会い、青くて甘酸っぱい……そんな雰囲気とはかけ離れた、獲物を捕らえるような鋭い目つきをしている。
「泥棒ならあっちですよ」
「言い訳するな!覚悟しなさい!」
「覚悟ってちょっと……!」
抵抗する間もなく素早く胸倉を掴まれ、視界がぐるりと回る。次の瞬間には背中に強烈な痛みが走り、頬を地面に擦りつけてうつ伏せに倒れていた。頭を抑え付けられ、腕はきめられ、腰には膝が刺さっている。なるほど、この国の女子はかなり積極的らしい。
「さぁ、盗ったものを出しなさい!」
胸に手を当てて心当たりを考えたいところだが、そんな手はガチガチにきめられてしまっている。幸いにも地面は冷たいので、冷静に考えごとはできそうだ。これまでの人生を振り返り考えた結果……、
「盗んでない」
「往生際が悪いよ」
そう言うと、さらに強く締め付けられ、
「い、痛い痛い!本当に盗んでないんだって!」
「泥棒はみんなそう言う!」
「待って、腕の可動域超えるって!」
体から聞こえてはいけないような音が鳴りだし、骨と骨がさよなら仕掛けたところで、
「お、お嬢ちゃん」
息を荒げたおじさんが遅れて到着する。
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