潜入の日

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「……あはは。ごめんね、つい……」 少し目が回って、気分が悪い。ただ一応、本当に一応、反省はしているみたいだから咎めるのは止めた。なにより仕返しが怖い。 「でも本当にどういう仕組みなの?」 「襲わないなら教える」 「お、襲わないって!」 説得力には欠けるが……。 「仕組みは正直分からない、学者じゃないし。機能としては、この腕輪の中に物をしまっておくことができる。荷物がバッグ一つで済んでいるのもこれのおかげ」 「すごいね」 目を見開いて腕輪を見つめている。 「貸さないからな。そもそも他人には使えないようになってるし」 「そうだよね……」 露骨に肩を落とした。もし使えていたら力づくでも奪われるところだった。 「でもよくそんな貴重なものが手に入ったね。魔術の研究が始まったのって最近の話でしょう?」 マリの言う通り、魔術の研究、そもそも魔力という新エネルギーが発見されたこと自体がここ十数年の話だ。新エネルギーとして各国が競うように技術開発に勤しんでいる。 「帝国は技術開発に特に力入れてるからな。最初は軍事目的が主だったけど、今は生活に役立つものを作ってるよ。これはその一つ」 魔力という新エネルギーはこれまでの常識を覆すものだった。大気中に含まれる粒子のようなものらしく、そんな目にも見えないようなものはどこの国も独占はできない。だから各国は魔力を使った技術、魔術の開発に取り組み始めた。 当初はいくら今の世が平和だからといって軍事目的だった。当然と言えば当然だ、他国が魔術を使った強力な新兵器でも開発した日には、均衡の取れた今の世界の構図は瞬く間に書き換わる。 ただ、魔術を開発していくうちにその力はあまりにも強すぎる力ということが分かり始めた。魔術で戦争でもおっぱじめようものなら冗談抜きで世界が滅びる、それを憂いた各国の偉い人たちが集まり、軍事運用の凍結を決定した。 そしてその席で同時に、生活に役立つ物の開発で競う、というとても分かりやすく平和的な方針を定めた。 「帝国じゃもう流通してるの?」 「まさか。だからこれはまだ試作品なんだって」 「じゃあイオ君はどうしてそれを持っているの?」 「ええと、親のコネで。留学の餞別にって」 「良いご両親なんだね」 「さぁ、どうだろう」 肩をすくめて誤魔化す。マリは照れ隠しをしていると感じ取ったらしく、にやにやと笑み浮かべた。追及されるのも面倒だと思い、話題を変えることにした。 「ところで美味い飯屋ないか?丁度昼時だし」 「お、お金はないよ?」 何を焦っているんだか。 「自分の分は自分で払う」 「そういうことなら……」 マリは顎に手を当てて考えはじめた。しばらく辺りを見渡したりしていると、なにか思いついたようだ。 「あそこが丁度いいと思う!」 そう言って少し先を指さす。その指先がどこを示しているのかは分からないけど口ぶりからしてもそう遠くはないらしい。 「大衆食堂なんだけど、味よし、値段よし、そして大盛無料!」 丁度いいってそういうことね。まぁ味も良いと自信満々に言うのなら、マリの財布事情を考慮に入れても断る理由はなさそうだ。 頷いて了承すると、マリは満足そうに笑って指さした方向へ歩き出す。その後ろを追いかけていくとものの一分足らずで目的の店に着いたらしい。 外観は飲食店というよりちょっとしたホールに近い。ここが劇場と言われて案内されても疑わないだろう。それでもマリが嘘を付いていないことを証明するように、窓から中を覗くとテーブルについて食事をする人々の姿が見える。マリはこの店の常連らしく、躊躇いなく扉を開けた。
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