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《VIVI》
***
「ス・ゥ・が・わ・る・い」
「ニャ…」
本人にも自覚があるのか、アタシが嫌味ったらしく言っても小さな肩はしょぼくれるだけだ。
「気持ちは分かるけどさぁ、スゥは追い詰め過ぎなのよ。だからあの子、罪人に愛情を求めるなんて最悪の非行に走ったんだから」
「スゥは本当のことしか言ってないニャ!」
「生まれたてのペルダリアが未熟なのは当たり前でしょう?以前のペルダリアと比べる時点でナンセンスよ」
静けさの漂う蓮の池で、アタシとスゥの声だけが水辺を揺らす。
透明な水へ沈めたばかりのペルダリアに、ゆらゆらと花が寄った。
「…また、壊れちゃったね」
「…」
二人で見下ろす青年は、動いていた時の苦悩が嘘のように安らかな顔をしている。
スゥは尻尾の先で蓮の葉をチョイと退けた。
「ペルダリアは目覚める度に扱いにくくなってるニャ。初めはもっと人形そのものだったのに」
「毎回記憶が消えても、培った“感情”は消えないからじゃない?」
使い捨てのペルダリア。
彼のことを、皆はそう呼ぶ。
でもアタシはそうは思わない。
ペルダリアはただひとつ。
何度壊れてもこの蓮の池は彼を癒し、代わりに記憶を奪いゆく。
そうしてハデス様が新しい心臓を与えればまた目を覚ますのだ。
「はぁ…、次に目を覚ました時はまたどんなややこしいペルダリアになってることか、考えるだけで頭が痛いニャ」
アタシはスゥを横目で見ながら鼻の頭をかいた。
「そう?アタシは…ちょっと楽しみだけど」
だって、彼は曲がりなりにでも『愛』を知ったんじゃないかな。
最後に豹変してみせたあの強さは、きっと誰かの為だから。
アタシは機械的に罪人を裁く人形よりも、悩み葛藤しながらも自分の意志で決断を下すペルダリアがいい。
彼には彼らしく生きてほしい。
「…ねぇ、スゥ。今度この子が目覚めたら、アタシもレンって呼ぼうかな」
「ニャ!?正気か!?罪人が呼んでた名前ニャンだぞ!!」
「だって、最後の最後にレンって呼ばれた時、この子すごく嬉しそうだったし。何よりぴったり似合ってるじゃない」
「スゥは絶対に呼ばないニャ!!それならペリーと呼ぶニャ!!」
「ペルダリアだからペリー?うわぁ…」
「なんか文句あるニャ!?」
シャーッっと毛を逆立てるスゥは、もはや元の姿など微塵も感じさせない猫感満載だ。
「ねぇ、前から聞きたかったんだけど」
「…なんニャ」
「なんで使い魔の姿は猫にしたの?そこは犬じゃないとややこしくない?」
スゥは勿体ぶってツンと頭を上げた。
「スゥがご主人と認めているのはハデス様のみだからニャ!猫は主人を持たぬと言うから、お側を離れる時はこれでいいニャ!これは忠誠心の表れである!」
「…ふぅん」
「興味を持て!」
予想以上につまらない理由だなと顔に書くアタシに、お前が聞いたんだろうがとシャーシャー怒りが飛んでくる。
不毛な言い合いをしていると、川の向こうからリーンと鈴の音がした。
「渡し守が呼んでるニャ。またトラブルだニャン」
スゥはブツブツ言いながら姿を倍に膨らませた。
ニャンニャン垂れていた文句は地鳴りのような唸りに変わり、首が三又に割れていく。
丸い顔は縦長に、失った言葉の代わりに闇色の迫力と威厳を纏う。
気高き化け犬の門番と化したスゥは、ずしりと地面を踏み抜きひとっ飛びで川の向こうへと行ってしまった。
「はぁ…。やっぱスゥは冥府にいるべきだわ。口うるさい猫より寡黙な犬の方が断然イケてる」
アタシのひとり言に、僅かな水音が跳ね返る。
池を眺めると蓮の花が淡く光った。
「…まぁ、アンタのお守りには、まだまだスゥが必要か」
手前の花を指先でツンとつつく。
アタシもしがない死神だけど、暇な限りは付き合ってあげるよ。
まだまだバイトもしたいしね。
「だから早く帰ってきなさいな。レン」
両手を口元に当てて呼びかけると、蓮の香りが爽やかに応えた気がした。
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