エピローグ

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エピローグ

世界を蒼白く染める満月の夜。 今宵も僕の影が長く伸びては星と降る。 「断罪完了」 背筋を伸ばし、裁き終えた魔物が消えゆくのを見届ける。 冥府の罪人。 彼らを永遠に追い続ける僕は、ペルダリアと呼ばれる断罪者。 誇り高きハデス様の影であるが、何故か僕には呼び名がある。 「レン!」 真夜中にふさわしくない幼い声に振り返る。 「すごいな、レン!今のすごく強かった!」 ちょこちょこと駆け寄るのは、数日前から僕に懐いて離れない名もなき浮浪児だ。 年齢の割に綺麗に整った顔が、にこりと見上げてくる。 「レンの影はかっこいいなぁ」 「どうしてこんな所にまでいるんだ。危ないだろ」 「ビビが連れてきてくれた」 「そのビビはどこだ?」 「さっきバイトに遅れるって慌てて行っちゃったよ」 話しながら少年が僕に向かって両手を伸ばす。 渋々抱え上げてやると、嬉しそうに頬擦りをされた。 「レン、今日も一緒に寝よう。レンはいい匂いがするんだ」 「あのなぁ、いい加減僕にまとわりついてないで元いた場所に帰れ」 「そんな場所ないよ。言っただろ?おれはあそこでレンが来るのをずーっと待ってたんだって」 「僕といても危険なだけだ」 「大丈夫。おれ絶対レンを守れるくらい強くなるから!」 少年はにこにこ話していたが、僕の瞳を覗き込むとふと真顔になった。 「だから、おれのそばにいてよ。レン」 何故その眼差しに一瞬呼吸が止まったのかは分からない。 だが油断した僅かな隙に、ちぅと音を立てて唇が奪われた。 「なっ…!!カイ!!」 思わず叫ぶと、少年はケラケラ笑いながら僕を抱きしめた。 「カイって、おれのこと?」 「え…、あれ…?僕今なんで…」 「レンがそう呼ぶなら、おれはカイでいいよ」 生意気で、自分勝手で、ちっとも言うことを聞かない小さな子ども。 でも僕は不思議と彼を突き離せない。 抱きしめ返したら、温かいからかな。 「行こうよ、レン。また朝になったら動けなくなるんでしょ」 カイの餅のように白い手が、僕の指をぎゅっと握りしめる。 まるで、もう離さないとでも言うように。 僕は躊躇いながらも小さく幼い手を握り返した。 * 新しい僕へ、僕は伝えたい。 記憶になくても、その小さなカイは君に()を与えた人なのだと。 僕たちは散々(こじ)れたけれど、新しい君たちにはどうか一から絆を育んでほしい。 …なんて。 ささやかな願いをするには、やはり相手が悪すぎた。 カイの我儘に翻弄される日々を経て、逃げたくなるほど深い溺愛が始まるのは数年後のこと。 僕の身長を追い越し、コーヒーをブラックで飲み始めたカイは、今度は「償い」と(うそぶ)き僕を腕の中へと閉じ込める。 罪人とか恨みとか、もはや関係ない。 この男、やはり根っから危険なのである。          ー 『冥府の罪人』END ー
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