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「へ、へー。なんだろう。……それは……隣の部屋からですか? 外側?」
動揺してはいけない。
なんでもない素振りで応える。
『外側です。ちょっと見に行ったけど、特に何もなくて。でも、するんですよ。音が』
黒絵さんって言い回しが独特なんだよなぁ。
「……今もですか?」
『してますね。篭ったような音だし、電話じゃ聞こえないかも』
「分かりました。三十分くらいかかるかもしれませんが行きます」
『なるべく早くね。一人じゃ気持ち悪いから』
怖がってはいるみたいだけど、相変わらずの物言いだ。
通話を終了し、ググってみる。
確かにうちは築五十年。だけど、税金対策でリフォームと表現しつつ、実際は新築同様の建て替えをしているんだ。防虫も防カビ対策も完璧なはず。なんならサッシは全てペアガラスだしロックも二重。防犯も防寒対策も完璧なのだ。
壁の中でゴソゴソってなんだよー。こえーよ。
ネズミ、ダンゴムシ、蜘蛛、ゴキブリ……ムカデ!?
検索してゾゾゾと鳥肌が立った。
車は走らせアパートの駐車場に到着する。
北側の塀のドアから敷地内へ入る。勿論セキュリティシステム完備のドアだ。ドアをくぐると庇があって助かる。
一〇五に向かうと、玄関の前に黒絵さんがいるのを発見した。
雨のせいで冷えてるのに外で待っていることに驚く。
「あ……お待たせしました。 大丈夫ですか?」
黒絵さんは暗い色のタイトなピーコートを羽織り、同じく暗い色のズボンを履いていた。ポケットに手を突っ込み寒そうに首を竦めていて、ぐるぐるに巻いたマフラーだけが明るい朱色だった。
ちゃんと服を着ている姿が新鮮な気がする。
こうやってまともな姿を見ると、顔が整っているのに気付く。派手なイケメン顔とは違うが、上品というか、雰囲気があると言ったらいいのか。
白い肌が寒さのせいか青白い。そのせいで余計に弱ってみえた。
黒絵さんはいつものように、唇を結んだままほんのり笑みをみせた。
「一人ぼっちで音を聞いてるよりはね?」
「そう……ですか。寒いのに……。で、外からは聞こえますか?」
「いや、玄関側じゃなく奥の部屋で聞こえるんですよ。あ、こっち」
前を先に歩き、指のつけねから曲げてちょいちょいと小さく手招きする。
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