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「あ、いや! 好きだよ! チーズ系はなんでも!」
そう言った途端、黒絵さんの表情がパァッと輝き安堵の表情になる。
か、可愛い。
「良かった。今朝テレビ見てたらね。それが紹介されてて。美味しそうだなぁって思って買ってきたんです」
「え!」
や、それって、わざわざってこと? 会社で貰ったとか、そういうパターンじゃなくて、わざわざ買いに行ったの?
「なんかね、銀座で有名なんですって。俺あんま知らないんだけど」
「……そ、そうなんだ」
白い箱の中にはティラミスが一個だけ。わざわざ銀座まで行って、一個だけ買ってきたんだろうか? ……なんのために?
落ち着け桜坂清彦。早合点するのはまだ早い。
もしかしたら黒絵さんに彼女が居て、本当は彼女にプレゼントするつもりだったのかもしれない。
そう考えれば、ロマンティックなキャンドルも、二つ並ぶシャンパングラスも、小さなお皿とフォークが一セットなのも納得がいく。ドタキャンされたかフラれたかで、無駄になったケーキと黒絵さんの気持ちの慰めに体よく呼ばれただけかもしれないじゃないか。そうだ。きっとそうに違いない。黒絵さんは大家のことを電話一本で駆けつける便利屋くらいにしか思ってないだろうし。
静かに立ち上がった黒絵さんは、隣のキッチンへ姿を消すとすぐに戻ってきた。手にはシャンパンボトル。見上げていると、黒絵さんは元の位置に戻り、微笑みながらグラスへシャンパンを注いだ。
それから箱の中のケーキに手を伸ばし、皿にそっと置いて俺の前へ滑らせる。ココアパウダーの上には木苺とブルーベリーがちょんちょんと仲良く寄り添うようにのっている。とても美味しそうだ。
「あ、ありがとう」
「うん、食べて」
「あの……これ、その……えっと……」
聞き辛い。ヒジョーに聞きづらい。
「ん? あぁ。先に乾杯する?」
「う、あ、そ、そう……だね……」
い……いったい、何に乾杯なの?
俺が「意味」をぐるぐる考えていると、黒絵さんはグラスを手に取り少し持ち上げた。俺も黒絵さんに習って、グラスを持ち上げる。
黒絵さんは反対の手で口元を覆った。
どうしようもなく照れくさいのを隠す仕草に見える。
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