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ドキドキしながら黒絵さんの様子を観察すると、黒絵さんは口元の手を下ろした。唇を噛み締め、チラリと上目遣いでこちらを見る。そして一瞬視線を外し、また視線を合わせ、グラスを近づけた。
「いつもありがとうございます」
「え……そのためにわざわざ、銀座まで……?」
「何かお礼がしたいと思ってたんです。いつも呼びつけて……でもその度、きちんと対応してくれるから。俺、ここに越してきて本当に良かったって思ってます」
「……そ……いや、そんな。それが俺の仕事だし……」
「そのマフラーもすごく似合ってる」
嬉しそうな声に、ハッと思い出す。
「あ、マフラー。忘れてた」
「似合ってるけど、部屋の中ではいらないかもね」
俺の言葉に黒絵さんはクスリと小さく笑う。
どうりで顔が熱いはずだ。
俺はシャンパンをテーブルへ戻し、マフラーを外して黒絵さんへと返した。
黒絵さんはマフラーを受け取ると、どこぞのショップの紙袋へ入れて俺に差し出した。
「はい」
「……え? ええ?」
「プレゼントですよ?」
マフラーを外してやっと涼しくなったと思ったのに、またじんわりと体温が上がっていく。
人懐っこそうな表情で小首を傾げる黒絵さん。
「これも……わざわざ?」
「ホントは、こっちをメインにね。外へ行ったんですけど、ちょうどテレビでやってたから。ちょっとついでに」
ついでって……。「ちょっとついで」で買ったのはケーキだけじゃないのは黒絵さんらしくないテーブル上の品々を見れば一目瞭然。そこまでしてもらって礼のひとつも言わないような非常識な人間じゃない。
「……ありがとう。マフラー使わせていただきますね」
「そうしてくれると嬉しいです」
「ケーキもさ? 半分こしない?」
「いやいや、桜坂さんに食べて貰いたくて用意したんです。食べて下さいよ」
「う、うん。……じゃあ……いただきます」
じーっと見てくる黒絵さん。いつもの視線だ。
緊張しつつ三分の一の辺りでフォークを入れ、口の中へ。
「んーー! 濃厚! すごく美味しい!」
俺の感嘆の声を聞き黒絵さんはガン見の表情を崩し、嬉しそうに微笑んでシャンパンを一口飲んだ。
濡れる唇。その口元を思わず見てしまう。
もしかして……もしかすると……黒絵さんはあっちの世界の人なのかもしれない。あっちの世界とは死後の世界じゃなくて、その、同性を好きな人たちの住む世界のこと。
そう考えれば今までのことも合点がいく。
初めて呼び出された時、黒絵さんは腰にタオルを巻いただけの姿だった。アレも、俺の反応を見たかったのかもしれない。俺の反応が食いつく感じじゃなかったから、ジワジワと恋愛関係にもっていこうとか……もしかして……そういうコト?
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