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黒絵 璃人
「えっと、トイレのドアが開かないんですか?」
「そうなの。もう困っちゃって」
そう言って黒絵さんはこれ見よがしに、顔をしかめる。
でも、その目はやっぱり困ってない。なんだったら俺を試すように挑発的な光を宿している。……ように見えるのだ。気のせいだろうか。
部屋は独身住まい用の一DK。
玄関を開けるとダイニングキッチンがある。風呂やトイレ、洗面台、洗濯機などの水回りは全部ダイニングキッチン西側にまとめてある。その奥にもうひと部屋。それだけだ。
しかしうちは人気物件。秘密は部屋の広さにある。台所は八畳。奥の部屋は約十畳のスペースを確保。洋服ダンスを置く必要のないたっぷり入るクローゼットも完備。ベッドとローテーブル、テレビを置いても圧迫感を感じない広さ。そして南向きの大きな窓と続く日の当たる庭。
一人暮らしなら、これだけの広さがあれば十分ではないだろうか?
とくに黒絵さんちは広々として見える。ダイニングテーブルを置いてないからだ。流し台を見ても使っている形跡がない。
黒絵さんが三月に入居して半年……七ヶ月を過ぎたが、毎月ここを訪れる度、ダイニングキッチンの生活感の無さに驚く。
かろうじて飲食の形跡が見られるのはペットボトルだけだ。大型のドラッグストアなどで安売りしている二リットルの緑茶のペットボトル。その横に箱買いしたのであろうお茶の銘柄が印刷されたダンボールひと箱。食器棚の中には必要最低限のグラスと皿とマグカップのみ。それと食パン。
床には……。
いつもまとめて買っているのだろう。コンビニ袋にはチップス系の体に悪そうな菓子がパンパンに入ってる。食器棚の中は食器よりもスナック菓子の方が多い。という感じだ。
主食は菓子なのか? もはや食器棚と言うよりも、スナック棚と呼んだ方がいいかもしれない。
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