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右腕が攣りそうな格好で、根気よくドライバーを押し、左右に動かすのを繰り返すこと数分。しぶとかった黒い物体が徐々に動く手応え。集中力を総動員してドライバーでゆっくりと押すと、その何かが外れた。
「あ、取れた!」
膝を起こしドアノブを回す。ドアはなんの抵抗もなく開いた。
転がっていたのはティッシュ……。しかもガチガチに固めてあるティッシュだった。
……なんでこんなものが?
俺はそれを指先で拾い、後ろで眺めている黒絵さんへ見せた。
「こんなものが挟まってました」
「あら、ほんとぉ? なんでまた……」
……白々しい。あんたしかいないじゃないか。
喉元まで出かかった言葉を飲み込み、工具にマイナスドライバーをしまっていると「助かりました。ありがとう」という黒絵さんの声。一応、心のこもった声には聞こえたから、俺は顔を上げて笑顔で応えた。
「いいえ。また何か困っ……」
黒絵さんは俺に背を向け、奥の部屋へと入っていく。そしてローテーブルの前に座るとノートPCを触りだした。高速でカタカタカタカタとキーボードを打ち込んでいる……。
ええ? ちょっ……トイレ、行きたいんじゃないのかよっ!?
もうこちらを見向きもしない。
「あの……じゃ、これで……」
一応声だけ掛けてみる。
「あぁ、はーい」
素っ気ない。独り言のようなボソボソとした返事はパソコン画面を見ながらだった。キーボードを叩く音の方がよっぽど軽快に聞こえる。
俺は諦めて玄関へ向かった。靴に足を突っ込む。
「あっ!」
突然背中で聞こえる声。振り向くと黒絵さんが立ち上がりこちらへ近づいてきた。
なんだ、やっぱり社会人としての常識は一応持ってんだな。そうだよな。普通は玄関で見送って、頭のひとつも下げるもんだよな。家でくつろいでるところを、わざわざこんな(自分でも対処できる)ことで呼び出したんだし……。
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