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「そ、そうなんだ。って、俺はなにもしてないからなぁ……でもとにかく、璃人の小説が評価されたのなら嬉しいよ」
勝手にモデルにされて、連続殺人犯の最初の犠牲者とかだったら嫌だけど、主役だもんなぁ。
少し落ち着いて話していた璃人がまた、少し怯えるような目で俺をうかがうように見上げてくる。
「俺の事……嫌になった?」
「なんで?」
「付き合い始めたのに、言わなかったし」
「あー、うん。でも、言いにくいのは分かるよ。元カレが編集者で自分が作家とか、言いにくいよね」
自虐的な気分で言うと、璃人は急に目をパチパチさせ素っ頓狂な声を上げた。
「元彼ってなんのこと?」
「カマちゃんだっけ? 元彼」
「釜やんだよ。なんで釜やんが元彼なの?」
あれ? 違うの?
「朝、璃人の部屋から出てくるの見たことあるから、すげーアクビして。だからてっきり」
「ちょっと待ってよ。釜やんとヤッてるとでも思ってたってこと? 勘弁してよ。俺あんたが初めてなのに」
急に足を崩し、璃人があぐらをかいた。後ろに手を突き、「信じらんない!」とでも言うようなオーバーリアクションと表情だ。
「あ……そうなんだ」
それは嬉しい。てか、璃人はそっち系じゃないってこと?
「何ちょっと嬉しそうなんだよ。あーもーやだ……全然無自覚なんだもん」
璃人は「ふーん」と顔を背け、床に横向けに倒れ込んだ。
そしてゴロンと半回転。うつ伏せになって向こうを向いてしまった。
「え? え? 何が無自覚なの?」
俺は璃人の横へ同じようにゴロンと寝転がり、ぷうと膨れた可愛らしい頬を指でツンツンと突いた。
「だって、俺のこと元からそういう趣向だって思ってたってことでしょ? 清ちゃんだからじゃなく、男だったら誰でも的な……ショックだよ。あーもーショック」
人を散々ドキドキさせて弄んだ本人がなんでショックなんだよ。
「男が部屋から大あくびして出てきたの見たし……それは仕方ない。それに」
投げ遣りな態度の璃人に一旦意味深に言葉を切り、見つめる。
璃人は俺の視線に目線だけを向けた。口を小さく尖らせまだまだ膨れっ面だ。
可愛いスネ顔。頬を緩ませそんな璃人を眺める。
「……それに、なにさ」
黙ってる俺に耐え切れなくなったのか、ボソッと不満気な口調で璃人が言う。俺はニンマリと微笑み、口を開いた。
「俺が璃人に惹かれちゃってたから、他の男もそうだと思い込んでたんだよ。だから璃人が悪い」
視線をパッと逸らせ、更に口を尖らせる。
顔がみるみる赤くなっていく。
「いつから好きだったかなんてわかんねぇくらい、いつの間にか璃人の事ばかり考えてたよ」
赤い耳と尖った口を眺めながら言い聞かせる。
戸惑う暇もなかったと、知って欲しかった。いや、実際は戸惑っていたのだろうけど、それは最初からで。もう最初から、こうなることが決まっていた気さえする。
璃人は不安気に視線をあちこちにチラチラと散らせながら、またボソッと言った。
「……べつに、いいけどさ……」
俺は璃人の体に腕を回しグイと引き寄せた。
ふわふわのマシュマロみたいな頬にチュッとキスする。
「んで、璃人は? どの段階で俺のこと好きだと思ったの? 無自覚ってなに?」
俺の問いに璃人が言った。
「俺が清ちゃんを好きだって事だよ。さっきまでは……風邪でダウンしてるのを看てからだと思ってた。でも、ホントは俺も最初からだったのかも。清ちゃんを面白い人だなと思った時から、観察の時から既に好きだったのかもしれない。モデルにして、翻弄する清ちゃんがすごく可愛く見えてたし。ただの研究っていうより、もっと困らせてやりたいって、私欲的な物もあったし」
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