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「風邪ひく。上着脱げ」
千尋くんは項垂れたままの俺の腕を持ち上げて、濡れた服を脱がせる。
あの日、警察に入る俺に人生を棒に振るなと突き放した。俺の全てを調べれば、いくらでも金を引き出せて、いくらでも脅す事が出来たのに、俺が泣き止むまでそばに居て、最後まで優しい目で俺を送り出した。
何でヤクザになったんだ? あの日の疑問が蘇る。優しいあなたにヤクザは似合わない。
だけどもう今の俺にはそんな答えはいらなくて、警察だとかヤクザだとか関係なくて、俺が欲しいものはこの人だけ。
指先で俺の涙を拭い、優しく頬を撫でる。酷く冷めた瞳が優しい事を俺は知っている。
ヤクザの人間が違法に金を手に入れていようが、人を殺していようが、警察官や政治家も変わらない。自分の手を汚していないだけで、あいつらだって平気で人の人生を踏みにじり、不正の金を手にしている。正義を振りかざし、人の人生をどうにでも出来るぶん悪質だ。
正しいはずの世界にいても、不正に染まって行くのならば、それを俺は受け入れよう。
自分の中で揺るぎないものがあればいい。
それは警察官だとか関係なく、1人の人間として俺に触れてくれるこの人のそばに居られるのならば、俺はどんな道でも歩いて行けると思った。
どうせ悪に加担するのならば、あなたに染まりたい。
俺は濡れたワイシャツを脱いで千尋くんの背中に腕を回した。千尋くんはそのまま俺の顔を見ていて、鋭い目が俺だけを見つめている事に高揚した。俺は静かに目を閉じて唇をそっと重ねた。
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