妄猫

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妄猫

「ただいまー」  後ろ手に鍵を閉めて靴を脱いでいると、リビングから猫が飛び出してきた。 「もう、可愛……」  言いかけた途端、私は啞然としてしまった。猫は私ではなく、手に持つエコバッグに飛び付いたのだ。  ――正確にはエコバッグの中の鶏肉だった。なんて人でなし、いや猫でなしだ。  私は久々に晩ごはんを作ることになってしまった。今日の昼から両親と弟がそろって旅行に出掛けていったからだ。  私はといえば、大学の試験が明後日まで続くので猫と留守番しなければならない。2、3日くらい日中に猫を独りにしても大丈夫だろう、という判断だった。 「あーもう、分かったから。ちょっと待ってね」  キッチンの足元でにゃあにゃあ騒いでいるのを宥めつつ、手ばやく鶏肉と野菜を串に刺していく。どうせなら先にタレに漬け込みたいところだけど、この子が間違って食べたら困る。たしか調味料は全部猫には毒だった。だから我が家ではタレはあとづけスタイルだ。  試験勉強を少しでもしたいので、さっと作れる焼き鳥はこういう時の私の定番メニューになっている。  ちなみに使う野菜は、さつまいも、ピーマン、白菜、レタス。よくあるネギマとは似ても似つかない感じだ。でも猫が食べても大丈夫なもので固めるとこうなってしまう。  それに慣れると意外と、というか充分すぎるくらい美味しい。野菜炒めにして美味しいものなら何でもいいわけだ。たぶん焼くよりは茹でたほうが猫にはいいのだけど、たまにしか与えないから大丈夫だと思っている。  IH式のコンロにフライパンを置き、適当に温めて油を入れる。大体温まってきたら串を並べて暫く焼く。ここでうっかり塩胡椒などをふらないように気を付けないといけない。 「ねえ、このまま皆帰ってこなかったらどうしよっか」  私には空想癖がある。時々とんでもなく悲惨な妄想を繰り広げてみるのだ。周りの人が不幸になるというより、自分が死ぬような妄想をしてみる。刺されたり、焼かれたり。それで、色々と猫に話しかけてみる。  一体どれくらいの人が、こんなに退廃的な想像をする習慣を持っているのだろう。……少なくともあんまり多数派じゃないことだけはわかる。 「よし、出来た」  小皿に1本だけ焼き鳥を置き、残りを全部自分用のお皿に並べる。マグカップに醤油やソースなどを目分量で入れて、ざっと掻き混ぜたら完成だ。  床に焼き鳥を置くと、猫は待ってましたと言わんばかりにかぶりついた。 「次にあげるのは数ヶ月後なんだからね、味わって食べなさいよ」  そう言ってみても、聞く耳を持たずにがつがつ食べている。物凄い食い意地だと思う。  いつだったか、猫は幾つも魂を持っていると聞いたことがある。小さい頃は、何回も生き返った猫の絵本を読んでいた。 「死んでもまた、生き返って戻ってくれるのかな、なんてね」  呟いてふわふわの背中を撫でてみる。迷惑そうな視線が返ってきただけだった。……食事を邪魔するなということか。少し虚しい。  ――こうやって妄想たっぷりの独り言を猫に聞かせながら、2人きりの夜は更けていくのだった。
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